東北支部リレーエッセイ「LW(リビング・ウィル)のチカラ」㉔

2018.9月 釜石はまゆりトライアスロン(当時57歳)
「よく生きること!」、それがすべて。
日本尊厳死協会東北支部理事(岩手県)
菊池 俊彦
岩手県遠野市の菊池俊彦です。
2011.3.11の東日本大震災において、隣町の釜石市にいる私のいとこや叔母が津波にのまれて亡くなりました。もちろん、その他多くの人が亡くなり、甚大な災害だったことは言うまでもありません。
「死」をこれほど、身近に感じたことはありませんでした。
50歳の私は、何もできない自分に不満を覚え、亡くなった人の代わりに、「もっとよく生きる」ことが、一番の供養だと信じて、次のことを決意しました。
「いつでも人生に悔いが残らないように、したいことは、いつかではなく、今日しよう!」
私は、いくつか、したいことが前々から思っていたことがありました。
①中学校の初恋の人に会いたい
②フルマラソンを走りたい
③バンジージャンプしたい
さっそく、私は①の初恋の人に連絡をとり、名古屋まで会いに行きました。
中学時代と変わらぬ笑顔で私は癒されました。会えて良かった!
次に、走り始めました。はじめは5㎞も走れませんでしたが、徐々に距離を上げて、始めて、ハーフマラソンに挑戦し、完走。
次には、無謀にも、沖縄マラソン(フルマラソン)に挑戦し、ボロボロになりながら、歩きながら時間内に完走。子供の応援が嬉しかった! バンジージャンプは、まだ怖くてできないでいます(笑)。
その代わり、水泳を始め、クロールで25mしか泳げなかったのですが、YouTubeで泳ぎ方を勉強して、100m、200m、500mと距離を延ばすことに成功。ゆったりスイムで、超ゆっくりスイムで、遂に2000m泳げるようになりました。
それから、前から自転車が趣味でしたので、トライアスロンもできるのではと思いつき、無謀にも52歳で、石垣島トライアスロンにデビューしました。
スイム1,500m、自転車40km、ラン10kmです。無事に完走できた時は、「生きてて良かった!」と思いました。「52歳でもできるんだ!俺は生きてる!と感激しました。
その後、秋田トライアスロン、福島トライアスロン、釜石はまゆりトライアスロン、長崎福江島トライアスロン、青森トライアスロンなどにも参加、すべて完走しております。
人生、生きる楽しみを十分味わえば、「死」も恐れなくなるのではないかと、自分は思っております。
(医師 医療法人亮和会 菊池俊彦内科クリニック院長)

