東北支部リレーエッセイ「LW(リビング・ウィル)のチカラ」(30)2026年8月

懐かしの 京都西陣 京極湯
深い井戸の地下水を薪で沸かす
主の計らいで特別に窯に廃材をくべてのち
満を持して入湯 大満足

新・生命維持治療ガイドライン案のポイント(2)
緩和ケア別編

支部長 伊藤道哉

日本集中治療医学会、日本救急医学会、日本循環器学会、日本緩和医療学会の4学会は、「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」案を作成し、パブリックコメントを経て最終版を策定中である。本ガイドラインの改訂は2014年以来、12年ぶりとなる。

主な改訂点は以下の4点である。
① 「終末期」を定義しない。
② 生命維持治療の終了/差し控えを判断するためのプロセスを提示する。
③ 期限付きの治療試行(Time-Limited Trial:TLT)を明記する。
④ 緩和ケアに関する具体的な記載を行う。

本稿では、特に「緩和ケア」の部分について考察する。

救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン案「緩和ケア別編」

1. はじめに:本ガイドライン策定の背景

救急・集中治療の現場は、常に生命の危機と隣り合わせである。近年、人工呼吸器などの生命維持治療は飛躍的に進歩した。これにより多くの命が救われるようになった一方で、技術的な「延命」が、必ずしも患者本人の望む生き方や生活の質(QOL)と一致しないという課題も生じている。患者の尊厳をいかに守るかが、現代医療における最大の倫理的テーマとなっている。

こうした背景から、前述の4学会は合同で新たなガイドラインを策定した。今回、このガイドラインに「緩和ケア別編」が新設されたことは極めて重要である。本稿では、この別編が持つ医学的、法学的、そして倫理的な意義について解説する。医療専門職の実践的指針として、また市民が自身の医療を考えるための道しるべとして、本ガイドラインの理念が広く共有されることを目的とする。

2. 「終末期」という概念のパラダイムシフト

これまでの臨床現場では、「終末期」の判断が大きな基準となっていた。一般に、適切な治療を尽くしても救命の見込みがない状態を指すが、この定義には実務上の課題があった。「救命の見込みがない」と明確に判断されるまで、治療の終了や緩和ケアの導入が先送りになりがちだったからである。

本ガイドラインは、この画一的な「終末期」の定義から脱却した。「終末期かどうか」という時期の判定ではなく、「現在の治療目標が達成できているか」という視点を重視する。重篤な状態で生命維持治療を受けている患者において、その治療が大きな苦痛を伴い、かつ患者が望むような回復につながらないと考えられる場合、それこそが治療の目標を再検討する契機である。緩和ケアは最期の数日に行うものではなく、集中治療室(ICU)入室時点から早期に導入すべきである。

3. 意思決定プロセスの深化:共同意思決定(SDM)

治療方針の決定において、医療者からの単なる一方向的な説明と同意(インフォームド・コンセント)では不十分である。本ガイドラインでは、SDMの重要性が強く打ち出されている。

※注釈【SDM(Shared Decision Making:共同意思決定)】:医療者と患者・家族が、治療の選択肢やそれぞれのメリット・デメリットの情報を共有し、患者自身の価値観や人生観に基づいて、共に最適な治療方針を決定するプロセスのこと。

「治療を続けるか、緩和ケアに移行するか」という二者択一ではない。積極的治療と緩和ケアは、並行して提供されるべきである。決定の過程では、患者がどのような生き方を望み、何を大切にしているかという「価値観の抽出」が不可欠となる。過去にアドバンス・ケア・プランニング(ACP:人生会議)が行われていた場合でも、単に結論を確認するだけでなく、その背景にある文脈を深く理解することが求められる。

4.苦痛の評価とコミュニケーションの標準化

患者にとって最善の医療を提供するためには、患者が抱える苦痛を正確に把握しなければならない。

4.1. 全人的苦痛の包括的アセスメント

患者の苦痛は身体的な痛みだけではない。心の不安や、家族・経済的な問題、生きる意味に対する問いなど、多様な苦しみが生じる。

※注釈【全人的苦痛(トータルペイン)】:身体的苦痛、精神的・心理的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペイン(霊的苦痛)の4つの側面から成る、患者が経験する複合的な苦痛の総称。

これらを漏れなく評価するため、標準化されたアセスメントツールの活用が推奨されている。自ら症状を訴えることができる患者にはESAS-r-J(エドモントン症状評価システム改訂版日本語版)を、意思疎通が困難な患者には医療者がIPOS(スタッフ評価用)を用いて、客観的な評価を行う。

4.2. コミュニケーション・スキルの体系化

医療者には、患者や家族の感情に寄り添い、真の価値観を引き出す対話の技術が求められる。本ガイドラインでは、具体的なコミュニケーション手法が枠組みとして提示された。

※注釈【NURSE(ナース)】:患者や家族の感情表出を支援する対話技法。感情に名前をつける(Naming)、理解を示す(Understanding)、尊重する(Respecting)、支持する(Supporting)、探索する(Exploring)の頭文字をとったもの。

悪い知らせを伝える際の構造化手順(SPIKES)や、重篤疾患患者との話し合いの枠組み(SICP)など、標準化された手法を用いることで、質の高い対話の実現を目指している。

5. 臨床現場における実践的プロトコル:症状緩和とボーラス投与

生命維持治療を終了する際、特に人工呼吸器を外す(抜管する)際には、急激な生理学的変化が起こる。それに伴い、強い呼吸困難や痛みなどの急性苦痛が生じるリスクが高い。本別編では、これを管理するための具体的な薬理学的プロトコルを提示している。

5.1. 苦痛の客観的評価

意識状態に関わらず、患者の苦痛を見逃してはならない。意思疎通が困難な患者に対しては、客観的な評価指標が導入された。

※注釈【RDOS(呼吸困難客観的評価スケール)】:心拍数の増加、呼吸補助筋の使用、苦悶の表情など、外見から観察可能なサインを用いて、呼吸困難の程度を客観的に点数化する指標。

RDOSを用いて一定の点数(3点以上)が確認された場合、ただちに薬剤による治療介入を行うことが推奨されている。

5.2. ボーラスファースト・アプローチ

急性の強い苦痛に対しては、薬剤の投与方法が極めて重要となる。本ガイドラインでは「ボーラスファースト」の原則が必須化された。

※注釈【ボーラス投与(急速投与)】:持続的な点滴投与とは異なり、即効性を得るために、一定量の薬剤を注射器等で静脈内へ急速に投与すること。

持続静脈内投与(点滴)だけでは、薬剤が十分な効果を発揮する血中濃度に達するまでに時間がかかる。急速な苦痛を取り除くためには、持続速度を上げるだけでなく、抜管前にモルヒネ等の医療用麻薬をボーラス投与することが不可欠である。有効量に上限は設けず、患者が苦しくなくなるまで適切に薬剤を使用する。

6. 看取りのプロセス:家族への支援と医療者のケア

生命維持治療の終了は、医学的な手順だけでなく、深く複雑な心理的プロセスを伴う。

6.1. 家族等への段階的ケア

治療終了の決定は、家族にとって極めて重い決断であり、決定の前後から深い悲しみが生じる。

※注釈【予期悲嘆(よきひたん)】:患者がまだ生きている段階から、やがて訪れる死や喪失を予期して抱く深い悲しみのこと。

本ガイドラインでは、法律上の親族だけでなく、血縁関係のないパートナーなども「家族等」として含めている。医療チームは、治療終了の検討段階から家族の悲嘆に寄り添う並行的なグリーフケアを実施する。思い出の品を配置するなど、患者らしさを保つ環境整備も重要である。

6.2. 医療者の心理的負担と組織的支援

生命維持治療を終了し、看取りを行うことは、実行する医療者自身にも甚大な心理的負荷を与える。

※注釈【モラルディストレス】:自分が倫理的に正しいと思う行動が、制約によって実行できない、あるいは不本意な行動をとらざるを得ない時に生じる精神的な苦悩。

医療者が抱える葛藤やバーンアウト(燃え尽き症候群)を、個人の問題として片付けてはならない。デブリーフィング(チームでの振り返り)の実施や、心理的安全性の高いチーム環境の整備など、病院組織としての支援体制構築が義務づけられた。

7. 法学的・倫理的妥当性:誤解の払拭と適法化

医療現場には、「生命維持治療をやめることは、犯罪になるのではないか」という法的リスクへの恐れが根強く存在した。本ガイドラインは、この法学的・倫理的な懸念に対して明確な整理を行っている。

7.1. 善行の原則と二重効果

延命治療の終了は「患者の見捨て」ではない。患者にとって益よりも負担が上回る医療を中止し、苦痛の緩和という最大の利益を提供する行為である。これは医療倫理の「善行の原則」に合致する。症状緩和のためにオピオイド等を適切に使用した結果、間接的に死期が早まったとしても、それは倫理的に許容される。

※注釈【二重効果の原則】:「苦痛の緩和」という善い目的で行われた医療行為が、結果的に「死期の短縮」という悪い効果をもたらしたとしても、その目的と手段が適切であれば、行為自体は正当であるとする倫理的原則。データ上も、適切なオピオイド投与は酸素消費を低減させるため、生理学的に死期を早めるものではないことが証明されている。

7.2. 作為と不作為の等価性(手続的適法化)

法学的に最も重要な点は、「治療の差し控え(不作為)」と「治療の終了(作為)」を、刑事責任において同等に評価したことである。過去の判例(2009年の川崎共同病院事件最高裁決定)においても、一審・二審が求めた「死期の切迫性」を最高裁は必須要件としなかった。本ガイドラインに従い、多職種チームによる合意と手続き(SDMに基づく適正なプロセスと記録)を踏まえて治療を終了することは、「手続的適法化論」により刑法第35条の正当行為となる。違法性が阻却され、刑事責任は問われないという明確な法理が確立されている。

8. おわりに

「緩和ケア別編」は、単なる医療技術のマニュアルではない。過度な延命至上主義や、法的リスクを恐れる防衛医療から脱却し、患者の尊厳を守るための具体的なロードマップである。

特に、ボーラスファーストによる客観的かつ具体的な症状緩和の指針を示した点、そして手続を遵守することで治療の終了が適法化されるという法学的裏付けを臨床現場に落とし込んだ点は極めて画期的である。

医療専門職による確かな実践と、市民の深い理解。この両輪が揃って初めて、患者と家族が後悔のない、穏やかな時間を迎えることができる。本ガイドラインが社会に広く共有され、実際の臨床現場のスタンダードとして定着することが今後望まれる。