東北支部リレーエッセイ「LW(リビング・ウイル)のチカラ㉒

中保支部理事


「フレイル」に、触れ入る

日本尊厳死協会東北支部理事(宮城県)
中保 利通

 中保利通です。訪問診療と往診の在宅医療をやっています。診療所が立ち上がり2年半ですのでまだ駆け出しです。定年退職は宮城県立がんセンターで迎えました。5万人以上の県民の署名を集めて県議会を動かし、2002年にようやくできた同院の緩和ケア病棟でしたが、あと数年後には仙台赤十字病院との統合計画のため移転することをきっかけに姿を消すことが決まりました。東北大学病院15年、その後県立がんセンター7年と、ずっとがん末期の患者さんたちが利用される緩和ケア病棟が主な仕事場でしたので消滅は残念でなりません。

 尊厳死協会ではリビング・ウィルの普及、啓発活動などが行われていますが、過去には自己決定権に基づいた医療選択の権利が保障されてこなかった時代があったからこそ、このような活動が始まったと理解しています。
 まだ私が研修医だった頃、がんが進行し耐え難い苦しさに苛まれている方や、老衰で体が痩せ細ってしまっている方々に対しても、心拍や呼吸が停止しそうになるたびに医師によってお決まりのように人工呼吸や心臓マッサージが施行されていたものです。今そのような光景がほとんど見られなくなっているのは、インフォームド・コンセント(知らされた上での同意)という考え方が輸入されたことだけでなく、尊厳死協会の地道な活動が粛々と続けられたおかげとも言えます。

 ところで日本人の平均寿命と健康寿命の差はどのくらいかご存じでしょうか? 男性が8.5年、女性が11.6年(2022年)です。この期間がなるべく短くなれば自分のしたいように生きられる期間が増えるということです。
 要介護状態と健康状態の中間に相当する時期のことを10年ほど前から「フレイル」と表現するようになってきました。適切な介入や支援があれば改善できることがある時期だと理解してみてはどうでしょうか。

 医師は、患者さん・ご家族の皆さんの両者に、「ああよかった、安心できた」と感じてもらうことがやりがいにつながります。「フレイル」に相当する比較的お元気な時に、「何も食べられなくて、好きな酒も飲めなくなるほど弱ってきたら管から酒を注いでもらう?」というようなもしもの話をすることで、同居の皆さんも含めて気持ちをポロリと口に出してもらえる機会に触れることができたとしたら、後から患者さんの「本当はしてほしくないこと」を知り、これでよかったと思ってもらうのに少しは役立つのではないかという気がします。
 病院での診療ではなかなか実践しにくいことですが、訪問診療ならではの環境の中で、患者さんの本音に分け入っていければと思っています。

(医師 やまと在宅診療所名取 院長)

健康寿命の説明図
やまと在宅診療所名取