東北支部リレーエッセイ「LW(リビング・ウィル)のチカラ」(29)2026年7月

新・生命維持治療ガイドラインのポイント
〜「止める手順」ではなく,「一人で決めない」ための支援技術へ。看護職のさらなるかかわりの観点で~
東北支部支部長 伊藤道哉
新しい4学会合同ガイドライン案のポイントは,生命維持治療を「終わらせる」ことではない。患者の価値観,病状の見通し,家族の揺れ,医療・ケア資源,そして生き続けるための支援可能性を,1人の専門職や1枚の書類に背負わせないことである。
判断の場を「医療・ケアチーム」と患者・家族等の対話に戻す点に意義がある。看護職が実践として押さえるべきポイントは,①「終末期の定義」から「判断のプロセス」への転換,②共同意思決定(SDM),③期限付き治療の試行(TLT),④早期からの緩和ケア,⑤記録とチームの心理的安全性である。
ただし,生命維持治療の終了・差し控えを検討する前に,その人が生き続けるための医療,介護,コミュニケーション支援,在宅支援,緩和ケアが検討され,可能な限り整えられたかを問うことが不可欠である。支援不足のまま「中止」だけが現実的選択肢として前景化すると,本人の意思決定は自由な選択ではなく,社会的条件に強く制約された選択になりうる。一方で,十分な情報提供,症状緩和,意思決定支援が行われたうえで,本人が負担の大きい治療を望まない意思を示す場合には,その意思も尊重されなければならない。
「急変すれば救急車」という長年の常識をいったん横に置いて考える。救急車要請は,「呼ぶ/呼ばない」の二者択一ではない。大切なのは,緊急度を見極め,本人の意思と生活背景を事前に共有することである。そして,迷った時に1人で抱え込まない仕組みを退院前から準備しておく必要がある。今回扱う新しい生命維持治療ガイドライン案は,こうした「事前準備とチーム共有」という問題意識と深くつながっている。
人工呼吸器,昇圧薬,透析,人工栄養,輸液,心肺蘇生などの生命維持治療は,救急車で病院に着いた瞬間から急に問題になるわけではない。入院前,在宅療養中,施設入所中,退院支援の時点で,すでに「どこまで治療するか」「何を目標に支えるか」「急変時に誰へ連絡するか」,そして「その人が生き続けるために,可能な範囲で何を支えられるか」という問いは始まっている。厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」も,「本人の意思決定を基本」とし,多専門職種から成る医療・ケアチームによる話し合いを求めている6)。
本稿でいう「新ガイドライン案」とは,日本集中治療医学会,日本救急医学会,日本循環器学会,日本緩和医療学会が公表し,2026年2月27日から3月27日までパブリックコメントに付した「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」案を指す。4学会は本編,説明文,緩和ケア別編,Q&A集を公開し,医療従事者だけでなく一般からの意見も求めた2)3)4)。
注意すべきことがある。本稿は,2026年7月時点で公開確認できたパブリックコメント版と,その後に公表された反応に基づく解説である。最終版が公表された場合には,題名,用語,引用箇所の変更を必ず確認する必要がある。しかし,パブリックコメント版の段階でも,医療職が明日から使える重要な視点はすでに見えている。
「終末期を定義する」から「プロセスを整える」へ
2014年の3学会合同ガイドラインは,主に救急・集中治療の現場で「終末期」に至った患者を念頭に置き,医師,看護師等を含む医療チームで判断する枠組みを示した1)。それに対し,新ガイドライン案は,「終末期」の固定的定義に過度に寄りかからない。生命維持治療の終了・差し控えを検討せざるを得ない場面で,どのような手順を踏むべきかを前面に出している2)。
「定義からプロセスへ」という転換は,臨床上非常に大きい。従来の議論では,「この人は終末期かどうか」が入口になりやすかった。ところが臨床現場では,その問いだけでは足りない。慢性疾患を持ちながら在宅で長く暮らしている人が肺炎で搬送された時,その人は「終末期」なのか。高度障害があっても,人工呼吸器と介護者,訪問看護,コミュニケーション支援により豊かに生活している人が急性増悪した時,それは「治療しても意味がない状態」なのか。
ただし,「プロセスを整えたから安全である」と考えるだけでは足りない。終末期という言葉を固定的に用いないほど,障害の重さ,意思疎通の困難,介護者の疲弊,医療・福祉資源の不足が,無意識のうちに「治療しても意味がない」という判断へ滑り込む危険がある。これはプロセス重視を否定する趣旨ではない。むしろ,プロセスの中でそのような偏りを可視化し,補正する必要があるということである。人工呼吸器や胃ろうを用いながら安定した生活を営んでいる障害者・難病患者を,障害の重さだけで終末期または無益な状態とみなしてはならない。
医療職とりわけ看護職は,ここで重要な役割を担う。病名や重症度だけでなく,「この人は,何を大切にして生きてきたか」「支援があれば,どのような生活が可能か」「家族は何に怯えているか」「在宅チームは何を知っているか」を臨床の場に持ち込む役割である。新ガイドライン案の眼目は,生命維持治療を止める許可証を作ることではない。生活情報と医学的見通しを踏まえて,「どの支援があれば生きる選択肢が開かれるか」,同時に「本人が望まない負担の大きい治療を漫然と続けていないか」をチームで考える道筋を作ることにある。
この意味で,新ガイドライン案は救急・集中治療のためだけの文書ではない。退院支援,地域連携,訪問看護,介護施設,家族支援が,救急医療と切れ目なくつながるための文書として読むべきである。
表1 新ガイドライン案を読むための5つの「読み替え」

生命維持治療は「装置の名前」ではなく「状況」で決まる
新ガイドライン案は,生命維持治療を人工呼吸器だけに限定していない。文脈によっては,昇圧薬,補助循環,人工栄養・水分補給,透析,輸血,輸液なども生命維持治療になり得ると整理している2)。ここが実務上の第一のポイントである。
看護職は,毎日こうした治療に触れている。点滴量を見ている。尿量を見ている。食べられない理由を見ている。呼吸の苦しさを見ている。家族が「これ以上,苦しませたくない」とつぶやく場面も,「何でもしてほしい」と言う場面も聞いている。つまり,生命維持治療の意思決定は,医師がカンファレンス室で突然始めるものではない。病棟,在宅,施設,救急外来の日常の観察の中で,すでに始まっている。
そのため,生命維持治療の話し合いでは,「人工呼吸器をつけるか,つけないか」といった大きな装置の有無だけに話題を狭めてはならない。「この輸液は何を目指しているか」「透析を続けることで,どの生活を守れるか」「昇圧薬を増やすことで,本人が望んだ時間に近づけるか」。意思決定をこのように小さく具体的な問いに分解するところに,看護の専門性がある。
特に,人工呼吸器,胃ろう,吸引,栄養,水分,抗菌薬などは,ある人にとっては終末期の延命処置であっても,別の人にとっては日常生活を成り立たせる支援そのものである。装置の名前だけで判断せず,それが本人の生活を広げているのか,苦痛だけを増やしているのか,さらに在宅医療,重度訪問介護,訪問看護,リハビリテーション,コミュニケーション支援を組み合わせれば何が可能になるのかを確認しなければならない。同時に,医学的に不可逆的な急性重症状態では,装置が生活を広げる支えではなく,苦痛を増やすだけになる場合もある。だからこそ,安定した障害者・難病患者の生活支援と,回復可能性が極めて乏しい急性期治療とを,装置名ではなく,経過,本人の意思,医学的見通し,支援可能性によって区別する必要がある。
共同意思決定(SDM)は,看護職の入口である
新ガイドライン案は,生命維持治療の終了・差し控えの判断には,「医療・ケアチーム」による臨床倫理的検討と,患者・家族等との共同意思決定(shared decision making:SDM)が必要であるとする2)。Q&A集も,患者本人の意思を尊重し,「一人で決めない」ことを重要な柱としている3)。
SDMは,患者と医師が向かい合って署名する場面だけを意味しない。患者が言葉を失っている時,認知機能が揺らいでいる時,家族が不安で混乱している時がある。医師の説明が医学的には正確でも,生活のイメージにつながっていない時もある。その間に入り,言葉をほどき,生活に翻訳し,もう一度問い直すことがSDMである。
看護職は,患者の「小さな選好」を知っている。口から水を含むことを喜んだか。家族の声に表情が変わったか。夜間の吸引をどう感じていたか。入院前に何を楽しみにしていたか。病院に戻りたいと言ったのか,家に帰りたいと言ったのか。こうした情報は医学論文のエビデンスとは違う。しかし,その人の治療目標を考えるうえでは決定的なエビデンスである。
新ガイドライン案は,診療科を超えた多職種の参加を求め,かかりつけ医や在宅医療関係者も参加し得ること,チーム内で心理的安全性を確保し,すべての構成員が平等に意見を述べられる機会を確保することを重視している2)。これは,看護職にとって大きな励ましである。「医師が決めたことを説明する」のではない。「患者に近い情報を持つ専門職として,治療目標の検討に参加する」ことが求められているからである。
意思表示が難しいことは,意思がないことを意味しない。透明文字盤,視線入力装置,口文字,表情やまばたきの読み取り,家族や訪問看護師の蓄積した読み取りを丁寧に確認する必要がある。可能であれば,同じ疾患・障害を持つ当事者,患者会,ピアサポーターから,人工呼吸器や在宅生活を用いて生きる具体的な選択肢について情報を得ることも,SDMを支える重要な過程である。 十分な支援があれば生きる選択肢があることを提示することと,十分な説明と症状緩和のもとで本人が負担の大きい治療を望まない意思を尊重することは,矛盾しない。
カンファレンスで看護職が発言すべきことは,必ずしも難しい倫理用語ではない。「この方は,息苦しさよりも,家族に迷惑をかけることをずっと気にしていました」「昨日,娘さんの声で目を開けました」「入院前の訪問看護記録では,人工呼吸器そのものを拒否していたのではなく,苦痛だけを恐れていました」。このような一言が,チームの判断を変えることがある。
TLTは「命を区切る」道具ではなく,「何を待つのか」を明確にする道具である
新ガイドライン案の重要語が,期限付き治療の試行,すなわちtime limited trial(TLT)である。ガイドライン案は,治療方針に不一致がある場合や予後予測が難しい場合に,チームと患者・家族等が合意した期間と治療ゴールを設定し,患者がそのゴールへ近づくかどうかを見極める試行としてTLTを位置づけている2)。
TLTを「数日後に治療を止めるための予約」と読むと危険である。TLTは,「いまは分からない」ことを正直に認めた上で,「何日間,何を待ち,何が達成されたら続けるのか,何が達成されなければ見直すのか」をあらかじめ言葉にする実践である。
したがってTLTの評価項目は,血圧,酸素化,感染反応,意識レベルなどの医学的指標だけで完結してはならない。コミュニケーション支援を導入すれば本人の意思確認が可能になるか,退院支援や在宅支援を整えれば生活の再開が可能になるか,家族の疲弊に対して社会的支援を追加できるかも,医学的指標と並行して確認する必要がある。救急・集中治療では,初回判断に時間的制約がある。だからこそ初回判断を最終判断に固定せず,TLTの再評価点で,在宅側の情報,意思疎通支援,緩和ケア,医学的な回復可能性と限界をもう一度照合することが重要である。TLTは終了予定日ではなく,生きる可能性,支援可能性,そして本人が望まない負担を見極める期間である。
例えば,重症肺炎で人工呼吸器管理が必要になった高齢者を考える。家族は「できることはしてほしい」と願う。一方で,本人は以前から「管につながれて長く苦しむのは嫌だ」と話していた。この時,ただちに「挿管する/しない」を二者択一で迫れば,家族は耐えがたい罪悪感を抱く。TLTとして,「まず72時間,感染の反応,意識の戻り,苦痛の程度,抜管の見通しを確認し,その結果をもとに再度話し合う」と設定できれば,治療は希望を残しながらも,出口のない延命に流れ込まない。
TLTの期間中,看護職は単にバイタルサインを記録するだけではない。苦痛の表情,鎮静の深さ,家族の理解,面会後の反応,リハビリの可能性,せん妄の有無,吸引への反応などを継続的に見る。それらは,「治療ゴールに近づいているか」を判断するための生きた情報である。TLTを看護の言葉に直すなら,「希望を捨てないために,時間と目標を決めて確認する方法」である。曖昧な延命でも,曖昧な中止でもない。患者と家族とチームが,同じ時計を見ながら次の話し合いに進むための支援技術なのである。
緩和ケアは「最後の切り替え」ではなく,最初から並走する
新ガイドライン案のもう一つの重要な改善点は,緩和ケアを明確に組み込んだことである。Q&A集は,今回の改訂で症状緩和などの緩和ケアに関する記載を充実させたと説明し,緩和ケアは生命維持治療を終了・差し控えた後に初めて行うものではないと強調している3)。
救急・集中治療の現場では,「救命治療を尽くす」ことと「苦痛を取る」ことが,時に対立するように見える。しかし実際には,救命治療をしている間こそ苦痛は増えやすい。息苦しさ,不安,口渇,疼痛,拘束感,せん妄,家族との分離,音や光の刺激。これらを丁寧に評価し,少しでも和らげることは,治療方針が決まる前から必要である。
「治療をするか,しないか」の議論の前に,「いま苦痛は取れているか」を確認する。この順番が逆になると,患者は意思決定の前に疲弊してしまう。家族も,苦しむ姿だけを見て判断せざるを得なくなる。看護職は,治療方針の議論に入る前から,症状緩和,環境調整,面会調整,家族への説明,沈黙の時間の確保を通じて,意思決定の土台を整える。緩和ケアは,「もう治療しない人のケア」ではない。治療している人,迷っている人,揺れている家族,方針を決められないチームにこそ必要なケアである。 緩和ケアは,治療終了への合図ではない。苦痛を和らげることで,患者が疲弊や恐怖に追い込まれず,自分にとって受け入れられる治療と受け入れがたい治療を考えられるようにする実践でもある。
記録は,患者の声を次のチームへ渡す看護実践である
生命維持治療の意思決定では,記録が極めて重要になる。新ガイドライン案は,患者本人の意思は時間とともに変化し得るため,繰り返し話し合い,その過程を「適切かつ明瞭に記載」することを求めている2)。
ここでいう記録は,単なる法的防衛ではない。もちろん,後から見ても意思決定プロセスが分かる記録は医療安全上も重要である。しかし,それ以上に重要なのは,患者の言葉と生活背景を,夜勤者,救急外来,ICU,在宅医,訪問看護,施設職員へ途切れずに渡すことである。
「本人は延命を望まない」とだけ書かれていても,現場では使いにくい。何を延命と考えていたのか。苦痛を伴う人工呼吸を嫌がったのか。家族に負担をかけることを恐れたのか。家に帰れないことを恐れたのか。痛みが取れるなら治療を受けたいのか。こうした具体性がなければ,次のチームは本人の意思を誤解する。
看護記録は,患者の言葉を短い引用で残す力を持っている。「孫の入学式までは家にいたい」「息が苦しいのだけは嫌だ」「妻が疲れきるなら入院でもよい」「家に帰れる可能性があるなら頑張りたい」。このような言葉は,治療方針の判断を支える大切な臨床情報である。
同時に記録には,どのような「生きる支援」を提示したか,どの支援が未調整のまま残っているかも残したい。たとえば,視線入力や透明文字盤の試行,在宅医療側への照会,重度訪問介護や訪問看護の調整,緩和ケアによる症状緩和,患者会・ピアサポートへの接続などである。支援が未調整のまま「中止」だけが現実的選択肢として前景化していないかを,記録によって次のチームに渡すことができる。同時に,十分な説明と症状緩和のもとで本人が治療の縮小や終了を望んだ場合には,その言葉と理由も丁寧に記録する必要がある。
パブリックコメント後の反応を,安全装置として読む
4学会は,パブリックコメント募集終了後,250件の意見が寄せられ,医療関係者だけでなく一般からも多様な意見が届いたことを公表した5)。この反応の大きさは,新ガイドライン案が単なる専門家向け文書ではなく,社会全体の不安に触れる文書であることを示している。
特に,重度障害者や難病患者,遷延性意識障害者の家族会,障害者団体からは強い懸念が表明された。DPI日本会議は,重度障害者や神経難病患者に深刻な影響が及ぶおそれ,十分な意思決定支援・コミュニケーション支援が確保されないまま生命維持治療の終了・差し控えが進む危険性を指摘した7)。遷延性意識障害者家族会「わかば」も,「いのちの選別」や「介護力」が治療判断に影響する懸念を示した8)。天畠大輔参議院議員も,患者・当事者を抜きにした議論への危惧を述べ,「生きる方向へと舵を切るべきです」と発信した9)。
当事者や家族からの懸念の声を,単なる反対論として片づけてはならない。看護職は,むしろ安全装置として読むべきである。本人の意思が十分に確認できない。家族が疲弊している。コミュニケーション支援が不足している。在宅で生きる選択肢が知られていない。こうした条件が重なると,医療現場では知らず知らずのうちに,「生きる可能性」ではなく「支える困難さ」が前面に出てしまう危険性がある。
反発側が恐れているのは,医療者の誠実さそのものではない。医療・福祉資源の不足,障害者差別,意思疎通支援の不備,家族負担,病院中心の価値判断が重なった時に,どれほど丁寧なプロセスを踏んでも,判断が「死ぬ方」へ傾いてしまうことである。この不安を正面から受け止めるなら,生命維持治療の終了・差し控えを検討する前に,その人が生き続けるための医療,介護,コミュニケーション支援,在宅支援,緩和ケアが検討され,可能な限り整えられたかを問わなければならない。支援不足のまま「中止」だけが現実的選択肢として前景化すると,本人の意思決定は自由な選択ではなく,社会的条件に強く制約された選択になりうる。一方で,十分な情報提供,症状緩和,意思決定支援,家族支援が行われたうえで,本人が負担の大きい治療を望まない意思を示す場合,その意思は尊重されなければならない。問題は,中止そのものではなく,支援不足が本人の選択肢を狭めていないかである。
ここで看護職が問うべきことは明確である。「この人が障害を持って生きてきた時間を,私たちはどれだけ知っているか」「人工呼吸器や胃ろうが,この人にとって単なる延命装置だったのか,生活を可能にする支えだったのか」「透明文字盤,視線入力,家族の読み取り,在宅チームの情報を十分に集めたか」「介護者の疲労を,本人の生の価値と取り違えていないか」。
新ガイドライン案を臨床の現場で安全に使うには,反対や懸念の声を敵にしないことが重要である。むしろ,それらの声は,私たちに「生きている人を,病院のベッド上の状態だけで判断してはならない」と教えている。これは,看護が最も得意としてきた視点である。
明日から使える3つの問い
では,退院支援,地域連携,救急外来,病棟,訪問看護の現場で,何から始めればよいのか。難しい倫理用語を覚える前に,次の3つの問いをチームで共有したい。
第1に,「この人が生き続けるために,何を支えられるのか」である。生命維持治療の議論は,しばしば「何をするか」「何をやめるか」から始まる。しかし本来は,「この人が守りたい生活,関係,時間,苦痛の少なさを支えるには何が必要か」,そして「いま調整できていない支援は何か」から始めるべきである。
第2に,「いまの治療は,その目標に近づけているか」である。人工呼吸器,透析,輸液,昇圧薬,抗菌薬は,それ自体が善でも悪でもない。本人の目標に近づけている時には支えとなり,近づけていない時には苦痛を増やすことがある。
第3に,「1人で決めていないか」である。医師1人,家族1人,看護師1人,施設職員1人が背負う判断は危うい。新ガイドライン案が繰り返し求めているのは,チームで検討し,患者・家族等と話し合い,必要に応じて倫理相談を活用することである2)3)。
表2 生命維持治療の話し合いで特に看護職が確認したい3項目

看護職の仕事は,選択肢を減らすことではなく,見えるようにすることである
新しい生命維持治療ガイドライン案を読むと,重い気持ちになる人もいるかもしれない。「治療をやめる話をしなければならないのか」「家族に厳しい選択を迫るのか」「看護師がどこまで関わってよいのか」と不安になるのは自然である。
しかし,私はむしろ逆に読みたい。新ガイドライン案は,看護職にとって,「あなたの観察と対話は,意思決定の中心にある」と言っている文書である。患者の表情,家族の沈黙,在宅での生活,施設職員の不安,訪問看護師の記録,ケアマネジャーの調整。これらは,生命維持治療の判断にとって周辺情報ではない。中心情報である。
看護職は,治療を止める人ではない。治療を続けるためだけの人でもない。患者にとって意味のある選択肢を見えるようにする人である。救急車,ICU,人工呼吸器,透析,輸液,在宅医療,重度訪問介護,訪問看護,緩和ケア,家族支援,コミュニケーション支援,患者会やピアサポート。それらを並べ直し,「この人の人生にとって,いま何が支えになるのか」をチームで考えられるようにする人である。
生命維持治療の終了・差し控えを検討する前に,その人が生き続けるための医療,介護,コミュニケーション支援,在宅支援,緩和ケアが検討され,可能な限り整えられたかを問わなければならない。支援不足のまま「中止」だけが現実的選択肢として前景化すると,本人の意思決定は社会的条件に強く制約された選択になりうる。一方で,十分な支援と説明,症状緩和が行われたうえで,本人が負担の大きい治療を望まない意思を示す場合には,その意思を尊重することもまた重要である。看護職の役割は,中止へ傾く圧力も,望まない治療を続けてしまう圧力も,どちらも早く見つけ,患者にとって意味のある選択肢をもう一度見えるようにすることである。
「救急車を呼ばない医療」とは,救急車を遠ざける医療ではない。本人の人生に,救急車だけではない道を残す医療である。同じように,新しい生命維持治療ガイドライン案は,生命維持治療を終わらせるための文書ではない。本人の人生に,機械だけでも,放置でもない道を残すための文書である。この視点をさらに進めて,「在宅医療で何ができるのか」を具体的に考える必要がある。在宅療養は,医療が薄い場所ではない。支え方を知れば,生命維持治療の議論そのものが変わる。
引用・参考文献/参照サイト一覧
- 日本集中治療医学会,日本救急医学会,日本循環器学会:救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン:3学会からの提言,2014年. https://www.jsicm.org/pdf/1guidelines1410.pdf(2026年7月閲覧)
- 日本集中治療医学会,日本救急医学会,日本循環器学会,日本緩和医療学会:救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン(本編・パブリックコメント用),2026年. https://www.jaam.jp/info/2025/files/info-20250227_1.pdf(2026年7月閲覧)
- 日本集中治療医学会,日本救急医学会,日本循環器学会,日本緩和医療学会:救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドラインQ&A集(パブリックコメント用),2026年. https://www.jaam.jp/info/2025/files/info-20250227_4.pdf(2026年7月閲覧)
- 日本集中治療医学会,日本救急医学会,日本循環器学会,日本緩和医療学会:救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン 説明文(パブリックコメント用),2026年. https://www.jaam.jp/info/2025/files/info-20250227_2.pdf(2026年7月閲覧)
- 日本救急医学会:「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」に関するパブリックコメント募集終了のお知らせと御礼,2026年. https://www.jaam.jp/info/2025/info-20250328.html(2026年7月閲覧)
- 厚生労働省:人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン,2018年3月改訂. https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000197721.pdf(2026年7月閲覧)
- DPI日本会議:救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン案への意見表明,2026年3月. https://www.dpi-japan.org/blog/demand/20260306_seimei/(2026年7月閲覧)
- 遷延性意識障害者家族会「わかば」:救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン案についての声明,2026年3月. https://wakaba-senensei.com/pdf/4_gakkai_guideline_kaitei_tachiba_260326.pdf(2026年7月閲覧)
- 天畠大輔:命を守るガイドラインを求めて――4学会合同ガイドライン案に関する声明・記者会見関連情報,2026年3月. https://tennohatakenimihanarunoka.com/detailed-report/%E8%A8%98%E8%80%85%E4%BC%9A%E8%A6%8B%E3%80%8C4%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E5%85%B1%E5%90%8C%E3%81%AE%E6%95%91%E6%80%A5%E3%83%BB%E9%9B%86%E4%B8%AD%E6%B2%BB%E7%99%82%E3%81%AE%E7%B5%82%E6%9C%AB%E6%9C%9F%E3%82%AC/(2026年7月閲覧)

