語られた人生が導いた意思
遺族アンケート
95歳母/看取った人・娘/2024年回答
父は2007年に死去しましたが、両親は夫婦で尊厳死協会に入会していました。父にも母にも「くれぐれも命を引きのばす措置はするな」と言われていました。父は少年兵として戦争へ行き、多くの仲間を失い「自分だけが生きはじをさらしてもどってきた」と常々言っていて、「仲間より60年も長く生きて、もう逝かせてくれ」と。母も「長く生きすぎたね」と。
天国でゆっくりしてほしいです。
協会からのコメント
ACP(アドバンス・ケア・プラン)を「人生会議」(愛称)とネーミングされた意味をしみじみ感じさせられる「看取りのエピソード」です。
現在80歳以上の方々は、戦争当時青少年として戦中、戦後の人生を余技なく経験された方々です。なのに、それぞれの体験を知る手立ては、そう多くはありません。語ることを潔しとしなかったり、大きな世代間格差の中で話してもわかってもらえないからと話さなかったり、癒される経験のないまま人生の終末期を迎えられている高齢者も多いはずです。
若い世代(50歳前後)の医療ケア職の私たちが、この世代の全ての方々の人生に深く刻まれている戦争による悲惨な体験を聴き取り、「終わり良ければ全てよし」という満足な逝き方をサポートしてあげるにはどうしたら良いのでしょう。
「延命措置を望まない」という希望の背景には、こうした戦争体験という重い理由もあるのだということを認識しながら「看取りのケア」にあたりたいものです。
本当に、お疲れ様でした。ご冥福を心よりお祈りいたします。

