リビング・ウイルと救急搬送のはざまで
遺族アンケート
91歳母/看取った人・子供/東京都/2024年回答
母が亡くなる前日の朝、母は呼吸困難で苦しい息の中、「救急車を呼んで」と訴えがあり私は119番しました。
救急車に乗って、救急隊の方が搬送先を必死に探してくださってはいるものの、リビング・ウイルに加入して延命治療は望まないと伝えると病院のほうでなかなか受け入れてはもらえず、ようやく30分後に受け入れOKの病院がみつかりました。
病院に到着し、処置を終え、呼吸も安定してきたということでしばらく入院して点滴で治療していこうとなり、少し安堵したのですが、その甲斐もなく母は翌日昼に容体が急変し、亡くなりました。(これは致し方のないことと受け入れております。)
今回のことで、やはりまだまだリビング・ウイルのことを理解して受け入れてくださる病院がいかに少ないかを実感しました。受け入れ不可の病院側もどのような処置をしたらよいか判断できず、拒否せざるをえなかったのだと理解はできます。
また家族の中でも考え方に違いがあります。私は独身で配偶者も子供もいないため、リビング・ウイルに入会していますが、姉は配偶者も子供もいる立場ですので「母がリビング・ウイルに入っていなければ、もっと早く病院に搬送されていたのでは…?」と懐疑的でした。
責めているのではないとわかっているのですが、私自身これでよかったのか? もっとほかにできることはなかったのか? と3か月以上たった今でも心が晴れません。
両親の入っている仏壇に問いかけても答えはありません。ただ救急隊員の一人の方が「自分個人ではこの会の主旨に賛同の気持ちはありますので、つらい立場はわかります。」と言ってくださいました。この言葉で心が少し楽になり、救われた思いでした。きっと同じような場面を多く見届けているからの思いやりの言葉だったと思いました。リビング・ウイル会員の受け入れに関しては、永遠のテーマなのでしょうか。
気持ちを綴らせていただき、ありがとうございました。心が乱れ、乱筆乱文お許しくださいませ。
協会からのコメント
今回のご投稿からは、お母様を思うお気持ちと、「これで本当によかったのだろうか」という深い葛藤が伝わってきました。そのようなお気持ちを率直に綴ってくださったことに、まず感謝申し上げます。
現在の救急医療では、救急隊には救命を前提とした活動が求められており、搬送先となる医療機関も、その役割の中で対応を判断しています。そのため、リビング・ウイルによって延命治療を望まない意思が示されている場合でも、現場では難しい判断を迫られることが少なくありません。
一方で、近年は全国の消防機関や医療機関において、ご本人の意思をできる限り尊重できるよう、心肺蘇生を望まない方への対応体制の整備が少しずつ進められています。課題は残されていますが、ご本人の意思を尊重するという考え方は、着実に広がりつつあります。
また、ご家族それぞれが異なる思いを抱かれることも、ごく自然なことです。どの選択をしたとしても、「あれでよかったのだろうか」と自問し続けるお気持ちは、多くのご遺族に共通するものです。
そのような中で、救急隊員の方が掛けてくださった一言は、とても大きな支えになったことと思います。制度だけでは支えきれない場面で、人の思いやりが心を救ってくれることがあります。
どうかご自身を責め続けることなく、お母様を思うお気持ちを大切になさってください。心よりご冥福をお祈りするとともに、ご家族のお心が少しずつ穏やかになられることを願っております。
私たちは、会員やご家族が迷いや悲しみを一人で抱え込むことのないよう、これからも皆様とともに考え、支え合う「小さな灯台」であり続けたいと思います。
編集部注)参考
詳しく知りたい方は、以下の資料もご参照ください。
公益財団法人日本尊厳死協会 会報 2024年7月号「リビング・ウイル」誌(2024.07.01発行 No194)
「リビング・ウイルを表明したのに救急搬送? 知っておきたい3つの心得」
https://songenshi-kyokai.or.jp/archives/15325
東京都消防庁
「心肺蘇生を望まない傷病者への対応について」※心肺蘇生を望まない傷病者への対応について(東京都消防庁)https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/kyuu_adv/acp.html

