やり場のない気持ち、消えない問いとともに
遺族アンケート
93歳母/看取った人・息子/東京都/2024年回答
終末期、母の認知機能はほぼ正常であると思われたが、身体を動かせず、話すこともできず、わずかに開いた眼で物を追うこともできないほど身体が急激に弱っていく姿を見るのはつらかったし、今でも思い出すと心が苦しくなる。母は最後まで頭がしっかりしていただけに、どんなに苦しく落胆しながら自身の死を待っていただろうかと思うと、私自身の無能さや私自身の介護の足りなさや最後まで十分に寄り添ってあげられなかった私自身の冷酷な部分など、やり場のない恥ずかしさが込み上げてくる。
リビング・ウイルの意思表示をしていた母だからと、それを理由に、それにすがって冷淡にある種事務的に振る舞っていた自分がそこにいて、それで確かに救われた自分もいた。果たして、母は自身の死に方にどれだけ満足しただろうか? どれだけ不満だっただろうか? もし私が冷酷でなかったら、私にあと何ができたのだろうか? 周囲の関係者はリビング・ウイルを理解して、努力してくれても……。確かに私は努力してくださる気持ちがあることは感じたが、具体的に私が何をどうするかは現実を前にすると難しい。判断自体も難しいし、言い出すタイミングも難しい。何を言えばよいのか、そもそも難しい。母が身体を動かすことも、声を出すこともできなかったのが私にとっては救いだった。私があの世に行ったら母にどうだったのか思いを聞いてみたい。聞いてみようと思う。苦しかったでしょう? ごめんね、と言ってから。
協会からのコメント
「終末期」に立ち合うということは、時に残酷な経験だと思うケースがあります。必ずしも大切な人の最期を見届けるということが、果たして良いことかどうか、その経験から護ってさしあげることも医療介護従事者の責務ではないかと思うことも多々あります。
衰退していく容貌、せん妄による信じがたい言動による戸惑い、恐くなることもあります。逃げられるならまだしも、受け止めきれない状況の中で被った理想と現実のギャップは、その人の中でトラウマとなってしまうこともあるのです。
心残りなのですよね、後悔の念が消えないのですよね。さぞかしおつらいことでしょう。よくぞ、投稿してくださいました。
こちらもご参照ください。
多くのグリーフ経験者たちは「時が経てば薄らぐが、思いが消えることはない。それでよい。哀しみと共に生きる道を探しあぐねるしかない」と。また何かに専念することで、禅の修行と同じ境地に達することを認める理論書も多くあります。
リビング・ウイルを希望する親の看取りを経験したご遺族は、協会の会員数からみても、全国民の数パーセントに過ぎません。極めて少数なのです。少数なだけに、理解してもらえない哀しみも同時に抱えてしまわれるのではないかと予想します。そこで「小さな灯台」として、一つお願いがあります。
今はおつらいでしょうが、いつか、同じような想いを抱く会員のご遺族の方に出会った時、その経験と想いを語ってさしあげてください。会員同士、あなたと同じ想いの哀しみを分かち合えた時、きっと、お互いに癒し合える時をもつことができるでしょう。
その時がくるまで、今はその哀しみをしっかり味わい、そしてその想いを書いて言葉にする。このプロセスを繰り返してみてください。(この作業をグリーフワークと言います)決して引きこもらずに、意識して立ち上がってください。
「小さな灯台」は、その痛みが、あなただけではないこと。また、リビング・ウイルを明示する勇気も大事ですが、とともに、それを果たすために身近で支える人たちのサポートにも着目していきます。
その痛みをいつか誰かと分かち合える時が来ますようにと願いながら、「小さな灯台」の灯を照らし続けていきます。
くれぐれもご自愛ください。

