“点滴しなくていいのに”という母の最期の意思

遺族アンケート

98歳母/看取った人・娘/広島県/2024年回答

母は腸炎で入院しました。入院から2週間後、医師、ケアマネジャー、夫、私の4人で話し合いを行いました。その際、母が以前から入居していたケアハウスと同じ系列の施設に、空きが出しだい入所する予定であること、できるだけ栄養分の少ない点滴にしてほしいこと、そして母が尊厳死協会の会員であることをお伝えしました。

医師からは、「点滴をしなければ1週間、点滴をすれば2〜3か月の命だと思う。しかし、医師として点滴をしないという選択はできない」と説明がありました。一方で、「人間は口から食べられなくなった時が、その人の寿命なのだと思う」といったお話もされ、医師としての葛藤を抱えておられることが伝わってきました。私は、その姿勢に誠実さを感じ、良い先生だと思いました。

その後、施設に空きが出たため、母は以前から希望していた施設へ入所することができました。医師は以前の施設と同じ先生だったため、入所後すぐに「点滴をやめてほしい」とお願いしましたが、その時点では受け入れていただけませんでした。

入所から10日後、最期まで意識がしっかりしていた母が、「点滴しなくてもいいのに」と話しました。その言葉を看護師さんに伝えたところ、看護師さんやスタッフの皆さんが相談してくださり、「今日は点滴をお休みしようね」と対応してくださいました。さらに2日後、医師の回診時に母が残していた文書をお見せしたことで、母の意思を理解していただき、点滴は中止となりました。そして、その4〜5日後に母は亡くなりました。

母の場合は、98歳という高齢であったことや、看取りに対応した施設へ入所できたこともあり、比較的穏やかな経過をたどれたのだと思います。しかし、もし病院に入院したままであれば、そのまま2〜3か月ほど生かされ続けていたのではないかとも感じています。

医師にも大きな葛藤があったことは伝わってきましたが、それでも尊厳死協会の「会員」であることがどれほど実際に役立つのかと考えさせられました。たとえ「会員証」を持っていても、病院では生かされ続けるのだと感じました。

それでも、母は入院から約1か月半後、施設で穏やかに最期を迎えることができました。私は今、「よかったね」という気持ちで母を思っています。

協会からのコメント

「人間は口から食べられなくなった時が、その人の寿命なのだと思う」、「点滴をしなければ1週間、点滴をすれば2〜3か月の命だと思う。しかし、医師として点滴をしないという選択はできない」という医師としてのジレンマは、そっくり、私たち自身に迫られている命題であることを教えてくれる「看取りのエピソード」です。

 「尊厳ある死」を希望するということは、とりもなおさず、「口から食べられなくなったら、その時が命の終わり」と思いきれるか?「点滴しなければ1週間、すれば2~3か月は生きられるほうを選択するのか?」この問題は、患者さん自身、そしてそれを見守る家族のひとりひとりに課せられた命題です。

正解のない命題に、まず気づいてほしい、関心をもってほしい。そしてその選択をせざるえない課題のひとつひとつに「自分だったらどうしたいか? どうするか?」と決心・決断する時のイメージを繰り返し描いてみてほしいのです。

この「小さな灯台」には、その選択に自らの答えを出した人々と看取った人々の感想が寄せられています。「私の場合はこうでした・・・。こう思いました」と、ありのままの想い(感情)を書きつづっておられます。そのお気持ちに心からの敬意をこめて、ただひたすら静かにご紹介し続けていきたいと思います。

日常生活では憚れる「死の語り」の世界ですが、「小さな灯台」なら気遣いなく、いつでも、誰でも見聞きできます。経験はできなくても、知ることで「心の防災・心の筋トレ」にはなるかもしれません。ぜひご活用ください。