二つの看取りが教えてくれた決断

遺族アンケート

91歳母/看取った人・娘/千葉県/2024年回答

6年前に亡くなった父も、今回の母も二人とも尊厳死協会に入会していたので、病院に入院した時にその意思を主治医に伝えました。 

父は認知症で誤嚥性肺炎を患い入院した時に、医師に積極的な治療は望まないと伝えましたが、その後は水分の点滴のみで、みるみるやせていく父の姿を見て、本当にこれで良かったのか? と亡くなるまでの約1か月、思い悩みました。父が亡くなった後も数年はその思いは続きました。 

父の意思は私(家族)の意思ではなく、認知症発症前の本人の意思を尊重しましたが、本当にそれで良かったのか? とずっと悩ましかったです。

今回の母の場合は胃がんで、当初からリンパに転移していることはわかっていましたし、その後、脳への転移も判明し、徐々に衰弱していく「段階」がありましたので、そばにいる家族として、父の時よりは苦しい思いはありませんでした。

母は救急患者も受け入れる大きな病院に入院したにもかかわらず、もう残された治療もない終末期の母を受け入れてくださり、約1か月、転院を迫られることもなく最後まで看取っていただけましたので、本当に感謝しかありませんでした。

それにしても 終末期の緩和ケアの病院が少なすぎると思いました。

協会からのコメント

尊厳死(自然で穏やかな最期)を希望し、本人がリビング・ウイルの登録を果たしていても、その希望を代理意思決定するのはご家族の誰かなのです。その代諾者となる人の苦悩がよく伝わる「看取りのエピソード」です。

「亡くなるまでの約1か月、思い悩みました。父が亡くなった後も数年はその思いは続きました」と、まさに代諾者(看取る家族)の苦悩に着目したいと思います。

現代の核家族化した都会生活では、祖父母の死を経験することが少なくなりました。衰弱していく祖父母の姿を見守る家族の苦悩の実際も、あまり語られることはなくなりました。日常生活の中でそうした苦悩を見聞きすることも極端に少なくなってきた現代では、看取り経験者による“語り”を見て、聞いて、いろいろな家族の思いがあることを事前に知っておくことは、ひとりひとりの「心の防災」として大事なことだと思います。

子のない人はいても、親のない人はいません。親の死は必ず、誰にでも「いつかはあること」なのですから。

くれぐれもご自愛ください。