「死」より「死に向かう苦痛」が怖かった

遺族アンケート

90歳母/看取った人・娘/大阪府/2024年回答

母は入院した時、90才という高齢でしたので「病状が悪化した時に、どこまでの治療を希望するか」と医師から聞かれました。リビング・ウイルがあったことで迷いなく母の希望を伝えました。医師は「わかりました」と受け容れてくださいました。

母は若い頃から死に至る心身の苦痛を大変恐れていて、関連の本を読んだり、講演会に行ったりしていました。尊厳死協会に入会し、リビング・ウイルを持ったことは母にとって心の支えになっていたと思います。ただ、人の心は一筋縄ではいかないと感じたことがあります。

80歳くらいの時に、肩の骨を骨折して手術する際、母は会員証を提示し「私は尊厳死協会に入会しているので、延命治療はいりません」と医師にはっきり意思表示しました。私は横でそれを聞きながら「骨折では死なないから今、その話必要かな?」と思っていました。それから数年して今度は大腸がんで入院する際、母はリビング・ウイルを示しませんでした。私は横で「言うなら、今でしょ」と思いつつ、母の複雑な心境を垣間見る思いでした。少しでも長く生きたい、死を回避したいというのは人間の本能なのかもしれません。 

【最期の時のこと】入院から4日後、早朝に体調が急変したと病院から連絡があり、かけつけました。母は息苦しそうで深い呼吸を繰り返していました。なすすべもなく手をさすっているだけでしたが、医師に「輸血(?)をしたらもち直すかもしれない。やってみますか?」と言われました。私には「もち直す」の意味がわかりませんでした。また元気になるのか、それとも死期を遅らせるだけなのか。夫が「やってもらおう」と言いました。その時「しなくていい」という勇気(?)は私にはありませんでした。ちょうどその時、母は息を引きとりました。「余計なことはしなくていい」という母の意思表示のような気がしています。どたんばで正しい判断をすることがいかに難しいかと思いました。医師は一生懸命考えて提案してくださったようにも思いますが、リビング・ウイルの意味を正しく理解されているかなという気もしました。覚悟を決めなければ、人は「何かせずにはいられない」ものなのかもしれません。私自身も「死」そのものよりも「死に向かう苦痛」がこわいです。

医学の進歩により痛みが緩和されること、緩和医療が進み、またそのことが広く理解され実践された皆が穏やかな終末を過ごせることを願っています。

協会からのコメント

「死」より「死に向かう苦痛」が怖い患者家族の心情がよく伝わる「看取りのエピソード」です。

緩和医療は治す治療だけでなく、死に逝く人のスピリチュアルな分野まで寄り添えるようにと、医療関係者の間では、研究も研修の機会も多くなりました。しかし一方で、ご家族の実際の経験と心情はどのようなものなのかは、なかなか伝わらない、ブラックボックスのままです。リビング・ウイルの意思を伝えるタイミングがわからない、医師による提案の言葉の意味がわからないなどなど。だからこそ、このような患者家族の側の感情の実際を緩和医療の専門職者にも伝えて、相互に“ありのままの情報交換”を積み重ねていく必要があると感じます。

ご遺族の貴重な体験が「患者中心の医療」につながっていくことを願い「小さな灯台プロジェクト」は、意思ある最期を希望する患者・家族、そして医療者との間に立ち、お互いの情報の橋渡し役を果たしていきたいと考えています。

哀しみのさなかに、ありのままの心情をご投稿いただき、ありがとうございました。