事実は小説より奇なりー多様で不思議な看取りのご紹介

協会からのコメント

様々な最期や看取りがいかに多様で、予測のつかない、そして人知を超えた不思議なものであるのかを知っていただくために、次の4つの「看取りのエピソード」をご紹介いたします。

遺族アンケート

86歳夫/看取った人・妻/福岡県/2024年回答

夫は在宅酸素療法していましたが、家族全員がコロナにかかり介護できないので夫は入院しました。公立病院に15日間入院し、歩けるようになるためにリハビリ病院へ転院(自宅にいる時はトイレに一人でいっていた)、1か月後、その病院で死去しました。

88歳夫/看取った人・妻/東京都/2024年回答

常々自分のもっている力だけで静かに終末をむかえたいと夫は言っておりましたので、食止めになりましてからも、安らかに向い合いながら過ごすことができ、大変によかったと存じております。

私自身の時も同じ状態ならと、家族にもよく話しております。ありがとう存じます。

90歳夫/看取った人・妻/東京都/2024年回答

老健(デイサービス)から午後3時10分帰宅。日中から熱が少々あったが、昼食も完食。午後3時30分頃、訪問医に連絡、(診察結果、酸素が60%しか吸えず)、医師が救急車に連絡、入院(午後5時30分頃)、重症の肺炎との診断、午後11時5分、死亡(デイサービス帰宅後から入院した時まで、言葉もはっきりとしていました。午後10時頃から呼吸が浅くなったと連絡あり)。

本人の希望どおり延命治療もなく、本人も満足して亡くなったと思います。尊厳死協会に入ってよかったと感謝しています。

79歳夫/看取った人・妻/愛知県/2024年回答

余命宣告「一週間とは言わないが、覚悟してください」と言われました。その後、できる限り普段の生活をさせたいとの思いから、夫を自宅に連れて帰りました。訪問診療の先生をお願いし、今までの経過や、尊厳死協会の会員であることを、お伝えしました。私どもの思いをお話しし、今後の方針を確認いたしました。先生のご理解もあり、自宅で希望どおりの生活を送ることができ、それから奇跡が起こったかのように、夫は約3年間生かされました。つらいこともありましたが、散歩など連れてでかけられることも多々あり、私にとっても穏やかな介護の日々がありました。

そして、最後は眠るように穏やかに空へと旅立ちました。先生、看護師さん、リハビリさん、皆様に支えられ、励まされた3年間でした。心より感謝の気持ちでいっぱいです。