母の「尊厳死」
母が亡くなって15年。
ブランド物に身を固めるわけではありませんでしたが、なかなかおしゃれでかっこいい母でした。ダンス、ゴルフ、ドライブ等々、元気で飛び回っていましたが、ある日眩暈がすると言い出してとりあえず近くの大学病院へ。
検査の結果は「悪性リンパ腫」。先生は即入院して化学療法(抗がん剤治療)を勧めたのですが、母は一切拒否。入院も嫌。頑固でした。
辛い延命治療は断って、緩和ケアを受けながら残りの人生をゆっくり過ごす。そういう選択をしたんですね。家族と居酒屋へ行ったり、曾孫と公園遊んだり。病院で抗癌剤治療をしていたらそんなことは不可能ですね。
自宅+緩和ケア+家族=「絵に描いたような幸せな終末期」でありました。
最期まで針一本刺さず、チューブ一本繋がれず、痛み・苦しみのない最期。やっぱり母はかっこよかった。母を亡くした寂しさはあるものの、悲嘆はありません。母自身が選択した「尊厳死」を達成し、それを看取ることが出来た我々家族には満足感すらあります。
家族に悲しみを残さなかった母。本当に家族思いでした。「尊厳死」は本人は勿論、家族にとっても大切だと痛感しています。母には教わることは多かったけれど。最期に素晴らしいメッセージを残してくれました。それは「自分の最期は自分で決めておく」こと。
母には感謝しかありません。
公益財団法人日本尊厳死協会
元理事 丹澤太良

