私の理想とする最期でした。

遺族アンケート

亡くなる4年程前に喘息で「余命4ヶ月」と病院の先生に言われて退院し、以来在宅医の先生2人に御世話になりました。最初から尊厳死協会に入っていましたので、何の迷いもなく、以来4年余り自宅看護を続け、人生の最期まで自然に身を任せ、先生のお世話になりました。夜スヤスヤ眠っているのを確認して私は入浴へ、泊り込みで面倒見てくれた娘もちょっと目を離した折、一人で多分眠ったままの最期。私の理想とする最期でした。

協会からのコメント

余命4か月の宣言をされての退院は、奥様の自然な看取りへの“腹のすわった覚悟”がベースとなっていることは疑いようもありません。尊厳死協会の会員であったこと、在宅医師や訪問ケアスタッフの活用、適度な距離感で時折泊まり込み世話にきてくれる娘さんのサポートもうけて、4年余りも「何の迷いもなく自宅看護を続け、人生の最期まで自然に身を任せ、先生のお世話になりました」との言葉に清々しささえ感じます。ここに至るにはきっと、長い療養生活の中での思いの変化、生活の変化の数々があっただろうと察します。在宅医療や在宅介護の現場では、実に四季おりおりの暮らしの彩りを豊かに工夫されている実際例が様々あります。そんな具体的な内容をもっとお聞きしたいという思いに駆られました。

まさに「眠るがごとく逝く」という多くの人が希望する理想通りの最期を看取られた奥様に心からの敬意を込めて「お疲れ様でした」と、いつか、地域の尊厳死協会の支部サロンで、皆様にその経験をお話ししていただけたら有難いです。きっと多くの方々の参考になる“看取りのエピソード”になると思います。