医療者の連携による「100点満点の最期」

遺族アンケート

95歳父/看取った人・娘/東京都/2022年回答

95歳ということもあった上、認知面でもかなりあやしく、24時間酸素吸入を始めて(肺気腫から)約1年過ぎておりました。それでも家族に囲まれ食事もよく食べ幸せに過ごしておりましたが、家の中で転倒、肺に血がたまり、それを抜くために1週間ほどの予定で入院。入院中急変し、心肺停止→何とか生還。コロナ禍ということもあり、最期は家で過ごしたいと希望したところ、医師が介護タクシーに乗ってきてくださり、かかりつけ医につないでくださいました。誰も延命を望まず父は最後の1週間だけ苦しかったと思いますが、ほぼ意識もなく、最期の日はパッと目を覚まし「おはよう」と皆に声をかけ、家族の見守る中(妻、長女の家族(孫2人、長女の夫))静かに逝きました。

かかりつけ医は間に合いませんでしたが、お昼の診察が終わるや否や走ってかけつけてくださり、死亡の告知をしてくださいました。あっという間でしたが、もし延命の点滴をしたら苦しみの時間が増えたと思うし、100点満点の最期だったと思います。自宅に居た日は、1泊2日でしたが、家に戻れて本当に良かったと思っています。

協会からのコメント

緊急入院先の病院で一命を取りとめた後、最期は家で過ごしたいという本人の希望をかなえるべく、病院の医師がかかりつけ医にリレー。家族に朝の挨拶をして看取られて逝った、何ともドラマチックで素晴らしい最期です。

傍目には意識なく見えても、聴力は残っています。わずかな時間でも自宅で過ごせたことは、家族の話し声や生活の音を聞いて安心して過ごされていたことでしょう。「100点満点の最期」は見送った方の心の中に残り、満足感と達成感、幸福な気持ちに繋がったと思います。

また、医療者が見事な連携をしてくれた、素晴らしい「看取りのエピソード」です。このような医療者のリアルな努力を一般の人々にも知っていただける一助になれるなら、「小さな灯台」にとっても幸福なことです。ご投稿本当にありがとうございました。