大好きなアイスを食べ、ありがとうと言えた父の最期
遺族アンケート
84歳父/看取った人・息子/埼玉県/2024年回答
父は、今年の2月29日に入院しました。3月4日に容体が急変したとのことで、知らせを受けて先生の説明を母と一緒に聞きました。「肺炎にかかっており、2~3日が山場ですね。今夜、明日にも命を失われる可能性があります」とおっしゃいました。それから、母と毎日、病院へ父の見舞いに行きました。3月6日、奇跡的に山を越えて元気を取り戻しました。その時は、良かったとホッとしました。
喜んだのも束の間、また病院から知らせを受けて、母と一緒に病院に行き、先生の話を聞きました。父が肺炎治療のための抗生物質を流す管を抜いてしまったため、別の血管に点滴を入れようとしましたが、水分で体がむくんで血管が見えず、挿入が難しい状況とのことでした。
どうしても抗生物質を送るためには、首の血管から点滴を入れる必要があり、大がかりな処置になるとのことでした。その上、心臓や腎臓、血管の状態もボロボロで、それでもこれまでよく頑張って生きてこられたのだと説明を受けました。
母も本人の意志を尊重して、延命しても長く生きられないし、楽にしてあげたいとのことでした。3月8日に面会の時は、父は大好きなアイスを食べることができて良かったと思いました。3月9日に面会した時は、父が大変痛がっており、死にたいと申しておりました。母が「娘が、神仏様にお祈りしているよ」と言ったら、父は「ありがとう」と言っておりました。
翌日の3月10日に、母・妹と私が、病室に着く直前に亡くなりました。父が望んでいる生活ができ、長患いをしないで良かったのかなと思いました。父が闘病中、大変お世話になり、ありがとうございました。
協会からのコメント
最期の時に、多くの方が急変し容体が悪化し、一時的に穏やかな時間を取り戻し、また状態が悪くなる、を繰り返すことがあります。
その度に、家族は治療の決断を迫られ苦悩することを毎回(これからも)ご紹介しています。
その時ご本人の意思「リビング・ウイル」を聞いてわかっていることで、ご家族(代諾者)の判断に迷いや苦しさが軽減されると思います。ご冥福をお祈りいたします。

