家族に見せた、最期の頑張り
遺族アンケート
90歳夫/看取った人・妻/東京都/2025年回答
夫は8月29日まで、飲むことも食べることもできない状態でした。しかし、翌30日の朝、まるで奇跡が起ったかのように目覚めてすぐ水カップ2杯、おじや1杯半、バナナ、プリンと、用意したものをすべて食べました。
その後、夫は自分でトイレに行くと言い、実際にトイレで排便を済ませ、洗面所で手を洗いました。そして、ベッドに向かっている途中でしゃがみ込み、そのまま意識を失ってしまいました。午前8時15分のことでした。
私は、家から6分ほどのところにある、かかりつけの先生に「助けて下さい。主人が死にそうなのです」と伝えました。先生はすぐにかけつけてくださいました。
救急車が到着し、夫は救急車に乗せられました。私と次女も同乗しました。救急隊員の一人が扉を閉めようとしたとき、「これからご主人は病院に行って手術をすることになります」と言いました。
私はその言葉に腹を立て、「もう主人は死にそうなのです。病院へ向かう途中で亡くなってしまうかもしれません。それに主人は手術等一切受けません」と伝え、病院へ搬送することを断りました。
すると、その隊員は「お宅のご主人は尊厳死協会に入っているのですよね」と聞いてきました。私は「夫も私も、何十年前から入っています」と答えました。
そのとき、私の隣にいたかかりつけの先生が、「皆さん、ご家族で見看られたらどうですか」とおっしゃいました。私は「そのとおりです」と答えました。すると、救急隊員が大きな声で「バック、バック」と指示を出し、主人をストレッチャーに乗せて、家のベッドまで運んでくださいました。
家族みんなで夫を見守りました。私に加え、長女の家族4人と次女の家族4人が集まり、合わせて9人で夫を囲みました。先生はベッドのそばで心電図を確認しながら、じっと見守ってくださいました。そして、「9時15分、ご臨終です」と告げられました。
私は日頃から、夫が尊厳死協会の会員であることを伝えていました。
先生は、夫が毎日、食べたり飲んだりすることも十分にできない状態だったため、30日の朝は張り切って、何でもきちんとやり遂げようとしたのではないか、とおっしゃいました。「自分は何でもできるのだ」ということを、家族みんなに見せたかったのではないか、ということでした。そして、頑張りすぎたことで血圧が急に下がり亡くなったのだろうと説明してくださいました。
先生のお陰で検死を受けることもなく、その日の昼には、死亡診断書の死因は「老衰」とされました。夫が尊厳死協会に入っていたからこそ、夫は自宅で静かに安らかに息を引き取ることができたのだと思います。本当にありがたく、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
私もいつか亡くなる時は、手術を一切せず、安らかに旅立ちたいと願っています。
協会からのコメント
亡くなる直前に奇跡のようにお食事を完食され、自力でお手洗に行かれたご主人。先生がおっしゃるとおり「俺は何でもできるのだ」とご家族に立派な姿を見せたかったのでしょうね。救急隊員に病院での手術を断った奥様の強い意思と、それに即座に応え「ご家族で看取っては」と提案してくださったかかかりつけ医との連携が見事です。ご家族皆様に見守られ、ご自宅のベッドで安らかに旅立たれたこと、本当に素晴らしいお見送りでした。ご冥福をお祈りいたします。

