ナイチンゲール看護研究所所長様から、小さな灯台に寄せてメッセージをいただきました。

歴史上かつてない規模での高齢多死社会が形成されていく我が国にあって、尊厳死が尊重される文化の形成は喫緊の課題である。「日本尊厳死協会」が行っている啓蒙と支援の制度は、ますますその需要と必要度を増していくであろう。その理由を私は常々以下のようにとらえている。

ヒトは47億年ほど前に地球が誕生した時から、今の生のかたちになるべく運命づけられた生物であり、宇宙の“螺旋のかたち”と“リズムの波”に合わせて、そのいのちを育む仕掛けを体内に宿している。人の死は、生物誌に描かれた自然の法則どおりに訪れる。しかし現代の人間は脳細胞だけを使って生きていくことに慣れきって、からだの声と自然の声には耳をかさなくなった。だから1分でも1秒でも長く生を留めたいと望み、体内の自然性を無視して最新の医療技術の駆使を求める。

ヒトは生を受け、成長すればやがて老いて死を迎える。生殖期を過ぎれば体内の細胞数が減っていき、各臓器が徐々にバランスを保ちながらその機能を落としていく。つまり老化の始まりである。やがてその先に穏やかな生物としての死が訪れる。それが自然界の生の営みのあり方であり、人間だけが特別な存在ではない。

 ところが人間と他の生物とでは大きな相違がある。人間は一人では「穏やかな死」を創出できないのである。社会的生物として、社会のしくみの中で発展してきた人間は「エンドオブライフ」を支え、創り、支援してくれる他者の力を必要とする。いのちの自然性に則った穏やかな最期を迎えるには、傍で静かに見守り、安心して逝くことができる場の創出が必要なのだ。ヒトはひとりで死ぬことはできるが、「死に方」には文化が反映する。

 病院で死ぬことが長い間常識となってしまった日本において、いのちの核を見つめ、ひとり一人のいのちに寄り添い、穏やかで温かいケアがどれほど大事なことかを教えてくれる社会的支援機構が、今だからこそ必要である。

日本尊厳死協会の「小さな灯台プロジェクト」は歴史的、文化的に不可欠な役割を担って誕生した。「死」と明るく向き合う時代の到来を願って誕生したであろうこのプロジェクトが、広く人々の生活の中に根づくことを心から願っている。

看護師のライセンスを取得した頃よりナイチンゲール思想研究に従事。

1987年、ナイチンゲール看護研究所設立、現在所長。

日本社会事業大学・教授を経て、東京有明医療大学設立に関与し、現在名誉教授。

現在は徳島文理大学大学院看護学研究科・教授

代表著書:『新版 ナイチンゲール看護論・入門』、現代社、2019.

金井 一薫