【情報BOX】人工呼吸器は取り外すことができるの?  できないの?

2024年6月4日 更新

人工呼吸器は一度装着すると外せない、外すと警察沙汰になる……そう思っている人は多いはずです。「看取りのエピソード」の中にも、医師に「人工呼吸器を取り外すと警察に引っ張られる」と言われて、リビング・ウイルが役に立たなかったという投稿があります。本当に一度装着した人工呼吸器は外せないのでしょうか?
患者本人の意思が明確であって、家族が同意している場合には、プロセスをふめば治療を中止することも選択肢としてあります。
とは言うものの、これまでの「看取りのエピソード」からも垣間見えるように、実際には装着していた人工呼吸器を外すことは一筋縄ではいきません。国は人生の最終段階でどのような医療を受けたいのか・受けたくないのか、家族や医療者と繰り返し話し合い、文書にしておくACP(アドバンス・ケア・プランニング)を推奨し、さまざまなガイドラインが制定されています。しかし、なかなか浸透せず、ACPをよく知っている一般国民は約6%、医師・看護師も半数に満たないという調査報告もあります。患者が受けたいと考えている医療が受けられ、受けたくないと思っている医療が提供されないように、一般国民および医師をはじめとした医療者が人生の最終段階での治療について“わがこと”として考え、医療者が専門性をもちながら患者を尊重し、安心して対応できるように世論に投げかけ、対話を重ねていく必要があると思います

「令和4年度人生の最終段階における医療・ケアに関する 意識調査の結果について(報告)」(厚生労働省,2023)
https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/001235008.pdf

◎そもそもの疑問
そもそも、治療を始めないことは良くて、治療を中止することはダメというのはおかしいのではないか? と素朴な疑問をもつ人も多いと思います。家族が急に倒れて「人工呼吸器を装着しますか? 装着しなければ死に至ります」……気が動転している時にそう言われれば「お願いします」と言ってしまうのは無理のないことです。また、搬送された時に本人の意思確認ができる状態になく、家族とも連絡がとれなかったため、医師は延命措置をするしかなかったというケースも考えられます。いずれにしても、その後「やっぱりこのままの状態の生存は本人の希望ではなかった」と後悔し、意向が変わっても「もう付けてしまったのだから後戻りできません」というのは納得し難いところです。

◎延命措置中止が可能という根拠は?
その根拠となっているのは主に下記のガイドラインです。ここには、いわゆる終末期の状況に至った際の、医療スタッフが考える道筋が示されています。これらのガイドラインに共通するのは「患者本人の意思が尊重される」ことです。
1.「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
(厚生労働省,2018改定)
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf 
2.「人生の最終段階における医療・ケアに関するガイドライン」(公益社団法人日本医師会,2020改定)
https://www.med.or.jp/dl-med/doctor/r0205_acp_guideline.pdf
3.「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン―3学会からの提言」
(日本救急医学会・日本集中治療医学会・日本循環器学会,2014.11.4)
https://www.jaam.jp/info/2014/pdf/info-20141104_02_01_02.pdf
4.「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 人工的水分・栄養補給の導入を中心として」(一般社団法人日本老年医学会,2012)
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pd

◎大切なのはプロセスをふむこと
家族が「人工呼吸器を取り外してください」と言ったからといって、すぐに「そうですか」というわけにはいきません。一定のプロセスが必要です。
1.医療チームの総意であること
ガイドラインには「医療チームの総意であることが重要である」と書かれています。担当医師一人の判断で医療の中止はできません。医療チームだけでなく、その施設の倫理委員会などで検討することもすすめられています。
2.医師から情報提供と説明がきちんとなされること
3.何度も繰り返し家族に説明し、意思を確認すること
本人や家族の気持ちは揺れ動くものなので、医療チームと、本人・家族が何度も繰り返し話し合い、合意を形成するというプロセスがとても大事です。

◎現実には人工呼吸器を取り外さない医師がいるのはなぜ?
1.医療の使命は人の命を救うこと
医師の使命は最善を尽くして人の命を救うこととされてきたため、それに反することはできないという意識が強いと思われます。
2.心情的につらい
人工呼吸器を止める行為で人が死ぬ……人の心情としてつらいことです。そういう意味では「治療を始めないこと」と「治療を中止すること」の間に心情的には大きな違いがあるといえます。
3.法的根拠がない
日本には海外のようにリビング・ウイルを規定した法律がありません。つまり、人工呼吸器を取り外すことができるとはいっても、そこに法的根拠はありません。学会等のガイドラインが先行するような形になっているため、医療者が慎重にならざるを得ないのも理解できます。
ガイドラインはあってもまだ法律はなく、治療中止の要件も定まっていない中で、この課題は過渡期の状況です。現実的には難色を示す医療機関も多いでしょう。
それでも、何か手立てはないか病院の医療連携室や患者サポートセンターなどに相談してみることも大事だと思います。
2020年の資料にはなりますが、日本老年医学会の「ACP推進に関する提言 事例集」では、実際の臨床現場でACPがどのように実施されているのかを垣間見ることができ、ACP を開始する時期や ACP のプロセスの進め方、支援内容などについてイメージできます。事例の中には「ケアマネジャーは、本人の意向を尊重すべく、“いったん装着した人工呼吸器は外せない”という医師の認識を“誤解”と述べ、人工呼吸器を外す際の呼吸苦対策の必要にまで言及している」という人工呼吸器に関連した記載もあります。

「ACP推進に関する提言 ACP事例集」(日本老年医学会,2020)
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/acp_example.html

◎time limited trial(お試し期間)という考え方
最近ではtime limited trial(お試し期間)という考え方の導入を積極的に考えている医師も出てきています。time limited trialとは、集中治療を含む治療を一定の期間行ってみて、その効果を見極める手法、つまり、やってみて、期待どおりの成果が得られなければ中止できるというお試し期間です。こういう選択肢があれば「やめられないなら、始められない」ということがなくなり、延命治療の過度な差し控えや、望まない延命治療が減り、本人やご家族の決断の迷いや後悔も軽減できるのではないかと思われます。医師にとっても「本人やご家族が望まない治療をしている」という葛藤を減らすことにつながる気がします。

これについては以下のウエブサイトが参考になりますので、ご紹介します。
https://www.kango-roo.com/work/6114/
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3412_01#annot

◎「意思決定支援」が、病院が入院料を取得する大前提となる基準(通則)に
また、6月1日から施行される2024(令和6)年度診療報酬改定で、病院が入院料を取得する大前提となる基準(通則)として、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」等の内容をふまえ「患者の意思決定支援を行うこと」が定められました。これによって、医師をはじめとした医療者側の意思決定支援やACPに関する議論が具体的に進んでいき、患者本人・家族の意思を尊重するという意識がより深まっていくのではないかと期待がもてます。

「令和6年診療報酬改定・医科診療報酬点数表」(厚生労働省,2024,p.15)https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001209396.pdf

◎まとめ
●『人生の主人公は自分!人生の最終段階の主導権は自分で握っていい』
すべては医師次第!希望する最期を迎えるために一番大切なことは「医師を選ぶ」こと
「医師・医療機関の選択」を間違えたためにせっかくのリビング・ウイルカードが生かされなかった「看取りのエピソード」を見るたびに、とても残念な気持ちになります。
自分の考えや家族の状況を把握してくれている主治医が、在宅訪問をしてくれるのならベスト……そういう主治医を見つけ元気なうちから診てもらっておくと安心です。
医師はたまたま出会う人ではなく、リサーチして見つける努力をしなくてはいけないのだと思います。そのために尊厳死協会は、リビング・ウイル受容協力医師を見つけ、登録のお願いをし、WEBサイトで、可能なかぎり多くの医師の紹介ができるように全力をあげて手を尽くす日々です。そのリストアップに、皆さまからの投稿も力になります。
良い出会いをされた医師や医療機関・介護施設の情報はいつでもお待ちしています。ぜひ「小さな灯台」ご意見コーナーにお寄せください。
最期を迎える段階になって慌てるのではなく、尊厳死協会に入会したその時からぜひ医師・医療機関探しをスタートさせましょう。どの医療機関・医師を選択するのか、その選択肢はこれからますます広がっていくのですから。

今回は人工呼吸器のことを書きましたが、胃ろうなどの延命治療についても考え方は同じです。最も重視されているのは本人の意思です。特に本人の意思が確認できない状況の時にこそ「本人の意思の推定」として「リビング・ウイルカード」はその力を発揮するようにしていかなくてはなりません。

第1回 特集 〜知って欲しい 尊厳ある最期〜  「人工呼吸器装着をめぐる家族の葛藤」 

2021年12月にスタートした「小さな灯台プロジェクト」は今年3年目を迎え、「看取りのエピソード」の数は369件、毎月約2万件閲覧していただいています。 特に閲覧数が多い…