【情報BOX】病気ごとに違うベストタイミング 「リビング・ウイル」と「人生会議」(ACP)
◎「人生会議」(ACP)はどんなタイミングで必要なの?
「人生会議」(ACP)には、元気なうちから前もって本人の大切にしたいことや希望などの意思を共有しておく広義のACPと、最期が近づいてから急変時の治療・措置内容の選択、蘇生措置拒否(Do Not Attempt Resuscitaiton:DNAR)などについて話し合う狭義のACPとがあります。【情報BOX】「リビング・ウイルカード提示のタイミングについて」では、広義のACPのタイミングとして生活場面別のタイミングについてご紹介しました。今回は病気別のタイミングを中心にご紹介します。
厚生労働省は「人生会議」を行うことを広く提唱しています。この「人生会議」とは、人生の最期に本人が望む医療やケアについて前もって考え、家族や代託者、そして医療・ケアにかかわる関係者と繰り返し話し合い、共有する取り組みのことです。
もともとこの取り組みは、医療者の間では「アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning:ACP)」と呼ばれ実施されていたものですが、「人生会議」はこれを一般にも覚えやすい名称に言い換えたものです。この取り組みが必要となってきた背景には、医療技術が進歩して救命の選択肢が増えたこと、認知症のあるなしにかかわらず高齢化によっていざという時に自分で決めることができない人が増えたこと、代わりに決める家族が悩んだり揉めたりすることが増えたこと、代わりに決める家族がいない人が増えたこと、などが挙げられます。
前提として、この取り組みには療養の場所や大切にしたいこと(人生観や価値観、希望など)、医療やケアに関する希望などについて本人の意思が大切になってきます。事前指示書として希望を文書にする尊厳死協会の「リビング・ウイル(終末期医療における事前指示書)」、また、最近では自治体の書式でACPを作成しているケースもあります。しかし、事前指示書があっても実際には家族が本人の意に反して治療の継続を希望したり、家族や代託者がいないため事前指示書の存在がわからなかったりすることもあります。そのため、元気なうちからの「人生会議」(ACP)が提唱されるようになりました。
1「人生会議」してみませんか(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html
2リビング・ウイルとは(日本尊厳死協会)
https://songenshi-kyokai.or.jp/living-will
◎「人生会議」(ACP)はどんなタイミングで始めるの? −病気によってタイミングは異なる
「人生会議」は健康な時から、関心をもった時からいつでも始めることができるとわかっていても、元気だとなかなかきっかけがつかめないのが現実だと思います。では、実際にどんなタイミングで始めるのがよいのでしょうか。
▼生活場面別のタイミング
【情報BOX】「リビング・ウイルカード提示のタイミングについて」では、生活場面を生活自立期、前向きな治療期、不治かつ末期、終末期・看取り期に分け、各期の意思表示・情報共有のタイミングを紹介しています。
▼病気別のタイミング−病気ごとの軌跡に合わせて
「人生会議」(ACP)のタイミングは病気によって異なります。なぜなら、どんな病気かによって人生の最期に至る軌跡が多様だからです。以下に、主な病気の軌跡を紹介します(図)。これらの特徴を踏まえたうえで、本人がどのような軌跡をたどっているのかを知り、「人生会議」(ACP)を進めていくことが大切です。この軌跡を知っておくと、いざという時に役に立ちます。
特に終末期の「人生会議」(ACP)の内容には、急激に病状が悪化する急変時の治療・措置内容の選択、最期を迎える時の蘇生措置拒否(DNAR)などがあります。
終末期に予想される主な措置には、点滴・中心静脈栄養・経管栄養・抗生物質・酸素の投与・心肺蘇生・病気によっては人工呼吸器の装着・透析・昇圧剤の投与などが挙げられます。
終末期は本人の意思確認が難しい場合が多く、本人にとって最善の治療方針を家族や代託者、そして医療・ケアにかかわる関係者が十分に話し合い、慎重に判断していく必要があります。
1)ガンなど(図の右上・緑部分)
ガンなどのように、急性期は脱したもののすぐには回復せず病状が続く病気の軌跡を見てみると、亡くなる数週間前までのかなりの期間、快適さと機能は保たれますが、以降、急速に低下します。
「人生会議」(ACP)を始めるタイミングは、穏やかに過ごせる期間が短いと診断された時、病状が悪くなる兆しが見られ要介護状態が進むと予想される時です。また、最期が近づいてからのACPは、意識がはっきりしなくなり昏睡状態となり意思表明ができなくなった時、その状態から回復する見込みがなく数日内に亡くなると予測される時です。
2)呼吸不全など臓器が働かなくなる病気(図の左下・赤部分)
高齢者等の慢性的な病気の中で、特に心臓・肺・肝臓などの臓器が働かなくなる病気の場合は、時々重症化することを繰り返しながら、長い期間にわたって機能が低下していきます。そのような重症化を何度か経験し、最終的に合併症か悪化で突然亡くなります。重症化した際に、そこから回復が見込めるかどうかを判断することは難しいとされます。
「人生会議」(ACP)を始めるタイミングは、病気の診断時や病気が進行した時、病状が悪くなる兆しが見られ要介護状態が進むと予想される時です。特に重症化の谷から回復した後は、重症化した際にどのように対処したのか、どのように回復したのかなどといった経験を基にして「じゃあ今度はどうしようか」と今後のあり方に向けて再度話し合い、確認していくベストタイミングといえます。最期が近づいてからのACPは、心臓・肺・肝臓などの臓器が働かず昏睡となり意思表明ができなくなった時、その状態が回復する見込みがなく数日内に亡くなると予想される時です。
3)老衰(フレイル)・認知症など(図の右下・黄色部分)
高齢者等の慢性的な病気の中で、老衰(フレイル)や認知症などの場合は、急激な症状の変化は少なく長い期間にわたって症状が続き、知らず知らずのうちに少しずつ進行し機能が低下していきます。
「人生会議」(ACP)を始めるタイミングは、軽い認知機能低下が診断された時、高齢期やフレイル期、病状が悪くなる兆しが見られ要介護状態が進むと予想される時、75歳以上での検診時や外来通院時です。最期が近づいてからのACPは、認知機能が低下し意思形成・選択・意思表明できることが限られ、やがてそれらができなくなった時です。この状態では回復は難しいと判断されます。
◎まとめ 本人にとっての最善をかなえるためには「人生会議」(ACP)のタイミングが大切
「人生会議」(ACP)は、本人にとって何が最善かをその都度、家族や代託者、そして医療・ケアにかかわる関係者が一緒に考えて話し合っていくことです。その最善をかなえるためには「人生会議」(ACP)のタイミングが重要になります。
私の父は認知症で長い経過を経て亡くなりました。当時は認知症が急激な変化なく、じわじわと進んでいくことも知らなかったため、特に初期には「どうして?」というような行動に驚き、その驚くような行動の意味が理解できませんでした。「これは認知症かもしれない」と気づいたのはずいぶん後のことで、診断されてからは、あれよあれよという間に本人が意思表示できなくなってしまいました。もともとあまり話すタイプではなかったこともあり、本人の希望を聞く機会をのがしてしまいました。そのため、その後は家族がよかれと思うことを選択していきましたが、今でもよく「本当はどうしてほしかったのかなあ」と思うことがあります。
「 小さな灯台プロジェクト」看取りのエピソードより
今回ご紹介したような病気ごとの軌跡を知っておくだけでも、本人の置かれている状態を理解し、してあげられることはあると思いますし、「人生会議」(ACP)のベストタイミングも見えやすくなるのではないでしょうか。
◎引用・参考文献
1)厚生労働省:「人生会議」をしてみませんか.
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html
2)日本医師会:終末期医療 アドバンス・ケア・プランニング(ACP)から考える.
https://med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20180307_31.pdf
3)佐藤惟:単身高齢社会における人生会議のあり方とは.第142回社会保障研究会,2022.7.
4)満岡聰:最後までその人らしくを支えるACPとリビング・ウイルの実践方法.日本尊厳死協会宮崎支部web講演会,2022.6.
5)Lynn J,Adamson D.M.: Adapting Health Care to Serious Chronic Illness in Old Age. p.11,RAND Corporation,2003.