【情報BOX】家族と契約No.2 家族も後見人になれる?

前回の「家族と契約 No.1」で、加齢や疾病によって判断能力や意思表示する力が失われたときに、その人を守る制度として「後見制度」の説明をしました。家庭裁判所で厳格に管理される制度と聞くと、後見人は弁護士などの専門家がなるものでは? と思ってしまうかもしれません。家族でも後見人になることはできるのでしょうか?

◎親族も成年後見人になれる?
家族と後見人との関係性を考えたとき、「誰が後見人になるべきか」は、よく考えたいところです。後見人は弁護士や司法書士などの専門家がなってくれることが多いですが、「親族」も「後見人」になることはできます。

ここで少し、データから成年後見の実態を見てみましょう。最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和3年1月~12月―」によれば、「親族(配偶者、親、子、兄弟姉妹及びその他親族)」が後見人等に選ばれたケースが2割程度(19.8%)あることがわかります。さらに、同資料からは、親族が成年後見人等の候補者として挙がっていれば、概ね選任される運用になっていることが推測できます。

■データで見る成年後見制度利用の実態
・補助、保佐、後見の開始原因としては「認知症」が圧倒的に多い(63.7%)
・申立ての動機は「預貯金の解約」が最も多い(32.9%)
・後見人等には「8割が親族以外」(つまり弁護士や司法書士等の専門家)が選任されている。
・ただし、申立ての趣旨を認めた審判のうち、親族が成年後見人等の候補者として各開始申立書に記載されている割合は、約23.9%。実際に、後見人に選ばれた親族が2割であることから、親族が候補者として開始申立書に記載されていれば、高い確率でその親族が後見人等に選任されると考えられる。

◎“任意”後見は「本人」が後見人を決められる
では「“任意”後見契約」の方はどうでしょうか? こちらは法定後見制度とは違い、本人にまだ判断能力があるときにする契約であると言いましたが、そのため自分の意思で後見人候補者を選ぶことができます。「自己決定の尊重」であり、望ましい特徴だと思います。原則として誰でも(もちろん親族も)「任意後見人」になることができます。

◎手続きはかなり複雑
後見制度全般にいえますが、手続きはかなり複雑です。まず「任意後見人」の候補者を決めて(申し上げた通り、親族でも知人でも専門家でも任意後見人になれます)、その人と本人が「任意後見契約」を締結します。そしてこの契約は「公正証書」でなければなりません(任意後見契約に関する法律第3条)。よって、公証役場に当事者が出向いて作成してもらう必要があります。さらにそうして作成した契約内容を「登記」することになっています(後見登記等に関する法律第5条)。ここまででようやく任意後見契約の「締結」ができることになります。さて「任意後見契約」を「締結」しただけでは、繰り返しになりますが後見人を「予約」しただけなのです。その後、実際に本人の判断能力が低下した場合は、この「予約」の状態ではなく実際に後見を開始させる段階になるため、さらに一定の手続き(=「家庭裁判所への申立て」や「任意後見監督人の選任」、その登記など)をする必要があります。

◎任意後見人は何ができる?
(本人が認知症になったなどの事情により)任意後見を“スタート”させる手続きはまず「申立人」が「任意後見“監督”人の選任の申立て」というのを、「家庭裁判所」に対して行わなければなりません。「申立人」になれるのは「本人、配偶者、四親等内の親族又は任意後見受任者」のいずれかの人です。この申立てにより「任意後見“監督”人が選任された時」に、やっと任意後見契約の効力が発生します(言い換えれば、任意後見契約の発効には任意後見監督人の選任申立てが必要だということです)。

では任意後見契約の効力が発効すると、「任意後見人」はどんなことができるようになるのでしょうか? 前回冒頭で「代役」に例えましたが、任意後見契約によって、任意後見人は本人から契約で委託された事務の代理権を行使できるようになります。

少し法律的にいうと「任意後見契約」は、第三者に「法律行為」を委任する契約です。委任された人(=任意後見人、つまり任意後見の受任者)は、本人を「代理」してさまざまなことができますが、具体的に何をするか(代理権の範囲)は、契約ですので当事者間で決めて「代理権目録」を作成し、これを契約書に添付することで明確にします。
具体例として、省令による「代理権目録」の様式をご覧ください(以下は、これらを全部やるという意味ではなく、この中から選択して、必要な項目にチェックを入れて利用する様式です)。

代理権目録の例

代理権目録の例

A 財産の管理・保存・処分等に関する事項
A1□ 甲に帰属する別紙「財産目録」記載の財産及び本契約締結後に甲に帰属する財産(預貯金〔B1・B2〕を除く。)並びにその果実の管理・保存
A2□ 上記の財産(増加財産を含む。)及びその果実の処分・変更
□売却
□賃貸借契約の締結・変更・解除
□担保権の設定契約の締結・変更・解除
□その他(別紙「財産の管理・保存・処分等目録」記載のとおり)
B 金融機関との取引に関する事項
B1□ 甲に帰属する別紙「預貯金等目録」記載の預貯金に関する取引(預貯金の管理、振込依頼・払戻し、口座の変更・解約等。以下同じ。)
B2□ 預貯金口座の開設及び当該預貯金に関する取引
B3□ 貸金庫取引
B4□ 保護預り取引
B5□ 金融機関とのその他の取引
□当座勘定取引
□融資取引
□保証取引
□担保提供取引
□証券取引〔国債、公共債、金融債、社債、投資信託等〕
□為替取引
□信託取引(予定(予想)配当率を付した金銭信託(貸付信託)を含む。)
□その他(別紙「金融機関との取引目録」記載のとおり)
B6□ 金融機関とのすべての取引
C 定期的な収入の受領及び費用の支払に関する事項
C1□ 定期的な収入の受領及びこれに関する諸手続
□家賃・地代
□年金・障害手当金その他の社会保障給付
□その他(別紙「定期的な収入の受領等目録」記載のとおり)
C2□ 定期的な支出を要する費用の支払及びこれに関する諸手続
□家賃・地代
□公共料金
□保険料
□ローンの返済金
□その他(別紙「定期的な支出を要する費用の支払等目録」記載のとおり)
D 生活に必要な送金及び物品の購入等に関する事項
D1□ 生活費の送金
D2□ 日用品の購入その他日常生活に関する取引
D3□ 日用品以外の生活に必要な機器・物品の購入
E 相続に関する事項
E1□ 遺産分割又は相続の承認・放棄
E2□ 贈与若しくは遺贈の拒絶又は負担付の贈与若しくは遺贈の受諾
E3□ 寄与分を定める申立て
E4□ 遺留分減殺の請求
F 保険に関する事項
F1□ 保険契約の締結・変更・解除
F2□ 保険金の受領
G 証書等の保管及び各種の手続に関する事項
G1□ 次に掲げるものその他これらに準ずるものの保管及び事項処理に必要な範囲内の使用
□登記済権利証
□実印・銀行印・印鑑登録カード
□その他(別紙「証書等の保管等目録」記載のとおり)
G2□ 株券等の保護預り取引に関する事項
G3□ 登記の申請
G4□ 供託の申請
G5□ 住民票、戸籍謄抄本、登記事項証明書その他の行政機関の発行する証明書の請求
G6□ 税金の申告・納付
H 介護契約その他の福祉サービス利用契約等に関する事項
H1□ 介護契約(介護保険制度における介護サービスの利用契約、ヘルパー・家事援助者等の派遣契約等を含む。)の締結・変更・解除及び費用の支払
H2□ 要介護認定の申請及び認定に関する承認又は異議申立て
H3□ 介護契約以外の福祉サービスの利用契約の締結・変更・解除及び費用の支払
H4□ 福祉関係施設への入所に関する契約(有料老人ホームの入居契約等を含む。)の締結・変更・解除及び費用の支払
H5□ 福祉関係の措置(施設入所措置等を含む。)の申請及び決定に関する異議申立て
I 住居に関する事項
I1□ 居住用不動産の購入
I2□ 居住用不動産の処分
I3□ 借地契約の締結・変更・解除
I4□ 借家契約の締結・変更・解除
I5□ 住居等の新築・増改築・修繕に関する請負契約の締結・変更・解除
J 医療に関する事項
J1□ 医療契約の締結・変更・解除及び費用の支払
J2□ 病院への入院に関する契約の締結・変更・解除及び費用の支払
K□ A~J以外のその他の事項(別紙「その他の委任事項目録」記載のとおり)
L 以上の各事項に関して生ずる紛争の処理に関する事項
L1□ 裁判外の和解(示談)
L2□ 仲裁契約
L3□ 行政機関等に対する不服申立て及びその手続の追行
L4・1 任意後見受任者が弁護士である場合における次の事項
L4・1・1□ 訴訟行為(訴訟の提起、調停若しくは保全処分の申立て又はこれらの手続の追行、応訴等)
L4・1・2□ 民事訴訟法第55 条第2項の特別授権事項(反訴の提起、訴えの取下げ・裁判上の和解・請求の放棄・認諾、控訴・上告、復代理人の選任等)
L4・2□ 任意後見受任者が弁護士に対して訴訟行為及び民事訴訟法第55 条第2項の特別授権事項について授権をすること
L5□ 紛争の処理に関するその他の事項(別紙「紛争の処理等目録」記載のとおり)
M 復代理人・事務代行者に関する事項
M1□ 復代理人の選任
M2□ 事務代行者の指定
N 以上の各事務に関連する事項
N1□ 以上の各事項の処理に必要な費用の支払
N2□ 以上の各事項に関連する一切の事項任意後見契約に関する法律第3条の規定による証書の様式に関する省令 第1号様式(チェック方式)による任意後見契約の代理権目録

代理権というだけあって結構、いろいろなことができるんだな、ということがわかると思います。ちなみに、上記様式は非常に網羅的で、代理権の範囲に漏れがないかをチェックするのには便利ですが、実際の契約の際にこのまま使用するには詳細過ぎるので、ご本人の年齢などを考えるとかえって説明や理解の負担が大きいかもしれません。実務上は、上記を参考にしながら、必要な項目のみ抜粋して記載する形の様式(第2号様式)があり活用されています。

◎任意後見契約では委任できないこととは?
本人の判断能力等の衰えに対応する後見制度を概観してきましたが、これらの制度があれば万全なのでしょうか? 「任意後見人」は、上記のようにかなり広範囲の「法律行為」を代理できますが、逆にいうと「法律行為以外」のことを代わりにする権限はありません。たとえば「介護契約の締結の代理」ができても、実際に「介護をすること」を受任するものではありません。任意後見契約の範囲外となります。よって、これらは任意後見契約の範囲とは別に、親族などがすることになります。

ただ近年、いわゆる「おひとり様」と呼ばれる単身の方や、ご家族がいらっしゃっても絶縁状態だったりして、こうした後見制度の「範囲外の事務」を担う人がいないケースも多くなっています。その場合はどうしたらいいでしょうか? これらの事務は「任意後見人」にその「権限がない」(そのため「代理権目録」には記載できないし、記載したとしても効力はない)というだけであって、後見人になったらそれをするのが禁止されるとか、頼めなくなるという意味ではありません。よって、その必要が見込まれる場合は本人と任意後見人との間で、追加の「委任契約(見守り契約や、財産管理契約)」を締結することがあります。この、「見守り契約」や「財産管理契約」は、任意後見契約とは別に契約してもいいのですが、「任意後見契約」を公証役場で作成する際に、その内容として委任事項を加えることより、これらの契約を任意後見契約と同時に締結することもできます。任意後見契約の作成を検討する際に、本人の家族関係などは把握できていると考えられますので、せっかくなら具体的な事情を見通して、委任事務を含めてセットで契約しておくべきか検討すべきでしょう。

「家族と契約 No.3 死後のことを託す―遺言・死後事務委任契約・死因贈与契約」に続く