苦しむ延命より質を高めるケアを ~多くの人があきらめずに“ちょっとBetter”な選択をしてほしい~
一般財団法人一柳ウェルビーングライフ
理事 一柳弘子
約9年前に逝去したパートナーのターミナルを体験しました。
というか、私が逡巡したあげくNOといったこともあり、人口呼吸器はつけませんでした。
「とても厳しい状況です。この薬が効かなければ、治療の手立てはありません。そうなれば、人工呼吸器の選択を決断していただくことになります」
パートナーの命について、ターミナル(終末期)ともいえる宣告を主治医から受けました。
今から9年ほど前、肺炎の影があるといわれて、投薬と経過観察にて、定期的に受診していたのですが、突然の入院となってしまいました。その後は、さまざまな抗生物質を用いても改善せず、日に日に悪化……。最後の薬として「ステロイド」を使っても思うような効果が表れず、人工呼吸器の宣告を受けたのです。
私自身は、延命措置はしないという意思があります。でも、パートナーは、「生きる」ことにとても意欲をもっている方でした。私の価値観で、たとえパートナーといえども、他者の命の在り方を判断していいのか……逡巡しつつ、主治医に問いかけてみました。
私 :人工呼吸器をつけて、容態が良くなったら取り外すことはできるのですか?
主治医 :絶対に取り外しができないということはないですが、現実にはほぼないですね。
私 :人工呼吸器を取りつけるのは、本人にとってつらいですか?
主治医 :緊急時などで確実な気道の確保は気管挿管です。気管挿管におけるチューブの挿入は本人にとって苦痛です。
私 :話すことはできるのですか?
主治医 :話すことはできないでしょう。
本人が苦しく、話もできない……たぶん、回復して取り外すこともできないまま……
であれば、
「人工呼吸器は、取りつけません。それより、命の質を高めるケアをお願いします」
人口呼吸器の装着はしませんでした。その後、小康状態となり、約5か月、闘病生活は続きました。
【協会からのコメント】
「太陽と死」は正視できない。といわれるように、誰にとっても、死と向き合うことは怖いこと。本当に怖いことは言葉にできないし、語れないもの。9年の時を経たとはいえ、この度、投稿していただいた勇気に心から感謝します。
人工呼吸器をつけない。また、外すと、即! 死ぬことと思われていますが、実際には、手立てを尽くして外したとしても即! 死、というわけではないことが多く経験されています。
延命治療をしない選択をした時、そこから死までの看取り期を、どこで、誰が引き受けて、どのようにケアするのかが、今問われています。
病気や高齢になったら、嫁が、長男・長女が面倒を見てくれると漠然と思っている70~80代の親たちが多いのです。これまではそうでした。しかし、今やそれは幻想です。
超高齢社会になった今日、高齢の夫(妻)の場合、その妻(夫)もまた高齢で介護を引き受けられる体力・気力がないことにも気づかなければなりません。
自分の人生や家族を守るために、親の介護にNOを言う勇気が必要な状況もあります。
にもかかわらず、看取りまでの医療的濃厚なケアを、家族なら、嫁なら長男・長女なら引き受けなくてはならないという長男長女自身の思い込みも、見えない社会的圧力も、まだまだ強く、それが介護離職の要因ともいわれています。一方で、すでに、子どもはいても親の介護はできないと明確な拒否を示す人も増え、首都圏の独居老人、孤独死は年々増え、「看取り難民」が増えると取沙汰されるようになっています。
ある日突然!大切な人を看取る事態に直面した時のことをイメージしてみてください。
医療的ケアを引き受けたり、最期の希望をかなえたりする度量も介護力も時間もないと気づいた時、それでも、家族は素直にNOを言えるでしょうか? 助けを求められるでしょうか? どういう選択枝があるのでしょう、あったらいいのでしょう。
「小さな灯台」は皆様と共に情報を分かち合っていきたいと思います。皆さまの経験、ご意見、ご希望をいつでもお待ちしています。
以上