余命宣告を冷静に受け止め、最期まで立派な主人でした

遺族アンケート

82歳夫/看取った人・妻/神奈川県/2022年回答

余命1年と宣告された時も冷静に聞き、最初に入院した大学病院の先生にリビング・ウイルを提出しました。それからは退院して自由に出かけ、3人の子どもたちの家族を3日間かけて訪れ、お別れの言葉を伝えました。

退院して1か月半くらいは痛くても頑張っていました。余命を訪問の先生に聞き2か月と言われても、静かに私に迷惑をかけないよう、なるべくトイレも伝いながら一人で行ったり、最後まで立派な主人でした。ありがとうの言葉を毎日写真の主人に伝え、私自身も心が穏やかになっています。人が財産と常に言っていた言葉どおり、今は皆さんに助けていただいています。

協会からのコメント

リビング・ウイルは人生を主体的に生きる意思だと思います。まさに「意思あるところに道あり」という、逝き方の一つのモデルとなる「看取りのエピソード」です。

残された月日に、行きたいところに行き、家族にお別れを伝え、自宅で静かに息を引き取る。見事な最期を迎えることができたのは、リビング・ウイルの信念と夫婦の強い信頼関係、理解のあるご家族、医療関係者があってこそ。そして、その逝き方が、毎日ご主人の写真に「ありがとう」を伝えられるという、前向きな感謝の気持ちで暮らせることにつながっている点を見逃さないでほしいと思います。余命宣告を冷静に受け止め、死と向き合い、限りある身の生き方を考え、最期までご自分の人生の主役を果たされたご主人様に、心からの敬意を捧げ、共にご冥福をお祈り申し上げます。