家に帰りたい、家で死にたいと訴え…

協会からのコメント

90歳母/看取った人・娘/神奈川県/2022年回答

母は2020年4月に心筋梗塞で入院しました。処置が早かったため無事退院し、一人暮らしを続けていましたが、以前からの大学病院への通院が困難になったため訪問医師を探しました。尊厳死協会の「リビング・ウイル受容協力医師」のリストの中に、幸い近くのクリニックを見つけ依頼しました。会員であることとリビング・ウイルについての話をしましたが全く理解を示してくださらず、母も私もとてもがっかりしました。協力医師の中にもそのような先生もいらっしゃるということを協会は把握していただきたいです。

その後入所した施設では会員である旨をお伝えし、最後は施設の「看取り」で静かに亡くなりました。ただ、母は最後の3か月は「とにかく家に帰りたい、家で死にたい」と毎日泣いて訴えていました。それができなかったことが心残りです。延命処置をしないことが尊厳死なのでしょうか… 母は尊厳死だったのでしょうか。

協会からのコメント

尊厳死協会の「リビング・ウイル受容協力医師」のリストの中から、お母様のお住まいの近くの訪問医師を探し、依頼されたのですね。その時「理解を示してくださらず」ということですが、具体的にどういうことに理解を示されなかったのでしょう。それがこの投稿からだけではわかりかねますので、ここでは基本的なガイドを紹介してみましょう。

在宅での療養を続けることと、イザ、在宅で看取りをすることでは、介護体制を整える量と質がおのずと違ってきます。療養している間は、通常の月2回の訪問診療や週に数回のヘルパーさんの派遣で高齢者の一人暮らしをサポートすることはできますが、「在宅看取り」となると、24時間体制の人手の手配が必要になってきます。

訪問医師は在宅看取りをするには十分なご家族の介護力(ご家族も高齢で体力的な心配がないか等)と覚悟があるか、24時間体制でネットワークできるケアスタッフの投入が可能な経済事情なのか、などを総合的に考えて、施設への入所を勧められたのではないでしょうか? 

延命をしないで尊厳死をかなえるには、手厚いケアと見守り体制をとれる人の数が必要だからです。

看取りをする施設の介護職たちは、あたかもそこが、その方の「家」であるようなケアを心がけて、医療処置をしない自然な死を看取る覚悟を常に修練しながら、誇りを感じて「看取り」と向き合っています。

ご本人の「家に帰りたい」という言葉を耳にしながら、それをかなえてあげられなかったと自責の念を抱いているご家族に、私たち看護師は次のように説明することがあります。

「超高齢の方々の『家に帰りたい』という言葉は、必ずしも『今、住んでいる家』という意味ではなく、遠い故郷であったり両親の親元であったり、幻想としての家という場合もあるのです。帰りたいというお気持ちを優しく受け止めて『帰りたいですね、帰りましょうね』と応答を繰り返すことで、満足される方も多いのです。家に帰せなかったと罪意識をもたれる必要はないですよ」と。

いかがですか? 
「施設の『看取り』で静かに亡くなりました」という言葉に、私たちはホッとしています。施設という家で24時間体制で見守られて、十分に尊厳死を遂げられたと思います。ご冥福を心よりお祈りします。