自分の命を生ききった母が私の生き方モデルです
遺族アンケート
84歳母/看取った人・娘/北海道/2024年回答
母は2001年から、尊厳死協会に入会していました。80歳になるまで、ほとんど病院にかかることなく、それなりに好きなことをしながら過ごせました。ただ「いつ何があるかわからない……お母さんは、尊厳死の会に入っているから……」と折にふれて話していました。
そんな気丈な母が、2023年9月に重症筋無力症だとわかり、入退院を繰り返すことになりました。不安でいっぱいだったと思うのですが、娘の私に向かって、「延命処置はいらないからね」とはっきりと伝えてくれました。そう言われても、母にうなずき返しても、完全に納得とはいかなかったのですが、母の意志(意思)を少しずつ受け止めることができていったように思います。
母の容体が悪化した時、医師から家族としての考えを尋ねられた際には、「母は尊厳死の会の会員ですから」と伝えると、「そうでしたね。お母様のお考えを大切にしましょう。最期まで、看ていきますから……」と、確認し合うことができました(母の意識が戻ることはなく……)。
今思えば、なんとすごい母なんだと……。自分の命を生ききった母の姿が、私の中にしっかりと残っています。母は、献体を希望していましたので、お別れの葬儀の後は、母の体は大学へ行きました。
母が自分の最期をどう迎えるか、それをはっきりと伝えてくれたことで、医師とのやりとりに迷いませんでした(時間がたって、今は、そう思えるようになりました)。
亡くなる2日前、最後に母が私にはっきりと伝えてくれたのは、「早く家に帰りたい」と。母の魂は、穏やかな気持ちで、きっと家に戻ってきたのではと思います。そう思いたいです。
乱筆にて失礼いたします。
協会からのコメント
お母様の見事な生き様と死に様をご投稿いただきありがとうございました。
今、世に言われる“終活”は、物の始末(断捨離)・保険や葬式・お墓等の選択というお金の話題に終始しているようです。それも欠かせない要素ではありますが、もっと根源的な“終活選択”があります。それは、お母様のように、「延命措置は要らないからね」とリビング・ウイルを明確に意思表明するかしないかの“生き方選択”が優先課題のはずです。
リビング・ウイルをどう選択・決心・行動していくかで、物やお金、人間関係の整理まで自然と方向性が決まっていくからです。
「リビング・ウイル」という言葉は学習しても、それを自分の意思として繰り返し表現し、尊厳死協会の会員になるという行動でも示し、さらには献体という手続きまでしておられたお母様の“生きる姿勢”は、お見事! としか言いようがありません。また、お母様の意思を尊重しようと伴走された娘様も、お見事です。献体については【情報BOX】「リビング・ウイル」と「献体」知っていますか? 話していますか?をご参照ください。
誰にでもできることでも、誰にでも勧めるものでもありませんが、人生の始めと終わりをしっかりと見据えたお母様の「死に様」は、ひとつの生き方モデルとして、次世代(娘さん)に、確かな影響を与えることがわかる「看取りのエピソード」です。
お母様の生き方をサポートするという大役を果たされたご家族の健康を心よりお祈りしています。くれぐれもご自愛ください。

