自然な死とは何かを問い続けた看取り

遺族アンケート

91歳母/看取った人・子供/兵庫県/2024年回答

長い間お世話になりありがとうございました。母は以前より延命治療を拒否する旨を私に伝えてくれていましたので、終末期の対応にはある程度迷いなく対処することができました。しかし「延命」に対する基準がいまだ日本では明確でなく、医師によってその基準、そして対応が異なることで、何度となく話し合いの場が必要となりました。

この度ご対応いただいた医師は延命治療をせず看取ることを快くおひきうけくださり対応してくださいましたが、やはりこちらの希望どおりというわけにはいかず、最後まで痛みや苦痛を全てとりのぞくことはできず、見守る私たちは大変つらい思いをいたしました。

母の病気は免疫が暴走し、自分で自分の赤血球を破壊してしまう病気だとわかった時にはすでにステージ4でした。日々、体内の血液が失われていくので酸素が不足して呼吸困難になり、その度に酸素を入れたり肺の水を抜いたりという処置をしていただきましたが「できれば鎮痛剤を少量でも投与して眠らせてやってほしい」というこちらの願いは聞き入れてもらえませんでした。

それは鎮痛剤を投与することで、さらに体内の酸素が減る(呼吸数が減るので)ので、即死亡につながる危険性があるからというご説明でした。そして調べてみると、鎮痛剤の投与というのも「身体拘束」の一つになるようです。貧血のせいで体内の酸素が減り、末端の足の指が壊死しはじめ、その痛みに耐える姿は大変つらいものでした(もちろん痛み止めは投与してくださっていましたが)が、今回は医師からのご説明も十分にあり担当の院長先生や緩和担当の先生ともお話しができ、今の日本でできることはここまでだったのかなと一応納得しております。

入院当日に尊厳死協会に入っていることを申し上げますと「そうですか、そうしたら」とスムーズに話ができたことはありがたかったです。話がそれますが「延命治療を行わない最期」であってもこれほどつらくしんどいものかなと、非常に深く考えさせられる機会でもありました。

私も十年前に甲状腺がんを患い、肝臓にも問題がございますので、いずれは入会させていただくつもりでおりますので、よろしくお願いいたします。

今回はかかりつけ医のご厚意でご紹介いただき緊急入院させていただいた病院ですので、院名の記載は控えさせてください。本当に今までありがとうございました。

あたり前にやってくる「死」というものを自然に迎えられる時代がくることを心より祈ります

協会からのコメント

たとえリビング・ウイルの意思を固め、登録するという行動を果たしていても、現状の医療制度の中での限界例を、よくぞ投稿してくださいました。

病気がなんであれ、まさに「あたり前にやってくる「死」というものを自然に迎えられる時代とは?」、QOD注)(クオリティ・オブ・デス:死の質)を世に問うためには、本人とご家族が何をどのようにつらいと思うのか? が、もっと、もっと、多くの人々に認識されなければなりません。

この投稿も「死の臨床」の医療の進歩に活かされる日がきますように、共にお祈りしたいと思います。 

くれぐれもご自愛ください。

編集部注)
QOD(クオリティ・オブ・デス)とは、人生の最終段階を、その人らしく、苦痛をできるだけ和らげながら迎えられることです。