看取り体験ではありませんが

東京都 迫田晃樹 (56歳・男)

私には「ひとの看取りに立ち会う」といった経験がありません。

 義理親族の死亡診断の瞬間に居合わせたことはありますが、最期を迎える前の数日、数ヶ月、数年という期間、本人の生活に寄り添ったというような経験がないものですから、その経験を元にした意見というのも「特にない」というのが正直なところであります。

「白血病」との闘病経験 何より辛い「味覚障害」

 かわりに私は、自身で白血病を患い、当初「5年生存率15%」との宣告を受け、治療の過程においてとても辛い時期を過ごした経験がありますので、その経験に基づく「最期の迎え方」についての私の個人的な思いを綴らせていただきたいと思います。
 闘病当時私は45歳、ひとつ年下の妻と中2、小6、小2の子どもがおり、家族5人で暮らしておりました。
 全く何の前触れもなくある日突然発病。救急搬送され即日入院となったため、私も家族も、心の準備も何もないまま離れ離れの生活が始まりました。
 無菌環境での治療が長く続いたため、子どもたちに会うことができなくなったのがまず一つ目の辛い経験でありました。
 痛みを伴う検査や治療が続くなどの「小さな辛さ」も数多くありました。が、意外に思われるかもしれませんが、何よりも耐えがたかったのは抗がん剤の副作用による「味覚障害」でした。
 とにかく何を食べても味がしない、苦い、異臭がする・・・。以前は大好きだったものが、口に運ぶ前は美味しそうに見えるものが、口に入れた途端に吐き気をもよおすほどの異物にしか感じられなくなるという、気が狂いそうになるほどの感覚でした。
 こうして、入院当初は唯一の楽しみな時間であった食事の時間が、一転恐怖の時間に変わってしまったのは、絶望そのものでありました。
 このように様々な辛い要因が重なり、「早く楽になりたい」と思い詰めたことが何度もありました。
 幸いにも、私の場合ひとつだけ希望を持てる治療法が見つかったことで、その治療法に賭けて前向きになることができ、一線を越えずに踏みとどまることができました。入院生活は9か月に及ぶものとなりましたが、おかげさまで現在は平穏な生活を送ることができております。

 この経験を通じて私が痛感したことは、『子どもたちにも会えず、美味しいものも食べられない状態を長く続けるくらいなら、治療などやめて家族と一緒に好きなものを好きなだけ食べて過ごしたい』という思いでした。
 必ずしも家に帰りたいというわけではありません。適切な処置を施してくださる医療機関がもしあるなら、受け入れていただけるものなら入院を継続し、最期の瞬間を家族に囲まれ迎えることができればこれ以上の幸せはないと、思い描いているところであります。
 後に知人を介して日本尊厳死協会の存在を知りました。その主旨に深く感銘を受けまして、家族の理解も得た上で入会させていただきました。

本人の意思が最大限尊重される「医療への希望

 今後再び、過去に経験したような治療を受ける必要に迫られた場合、もはや回復を目指す治療法はないと診断された場合は、自然のなりゆきに任せて、最期を迎える準備を整えたいと考えております。
 治療方針を決める段階で、すでに意思疎通ができない状態に陥っていることも想定されます。そのような場合でも、自分の意思が尊重されることを願って協会の会員証を常に携帯しております。
 医療機関、医療関係者の間に限らず、広く一般の方々にもこの理解が一層深まり、医療の現場で本人の意思が最大限尊重されますことを願っております。
 これが私の思う「医療への希望」です。