点滴すれば、母は楽になったのか?-家族の迷い

遺族アンケート

100歳母/看取った人・子供/神奈川県/2025年回答

尊厳死協会に入会して本人が安心して過ごせたことが一番でした。本人だけでなく家族も安心できました。

入会してしばらくたって、「これ(尊厳死協会)に入っている」と母からパンフレットを見せられました。母本人は入会したことだけで安心して、カードはサイフにいつも入れていたようです。「入会したことは家族(姉・私・弟)に説明して了解を得ておいたほうがよい」と私が勧めて、弟が来た時に姉も同席して母から話を聞きました。

尊厳死協会に入会したという本人の意思は、「家族への説明が必要」という点をもっと高齢者に強調することが必要だと思いました。

母の最期について、一番気になっていることは「老人ホームでの看取りを選んだことが良かったのかどうか」です。昨年11月ごろから急に元気がなくなり、いつ面会に行っても眠っている状態で、こちらもある程度覚悟ができていました。12月末に「手足のムクミがのみ薬ではとれない」との理由で入院しました。「このまま退院はできない」とこちらは思いましたが、点滴の薬がきいてムクミもすっかりとれて、一言二言自分から話ができるようになり2週間で退院しました。その時の担当医師との話で「施設での看取りを希望するか、病院がよいか」と聞かれ、母が入会時に言っていた説明から「入院はしない」ことをこちらの希望として伝えました。

1月10日に退院して老人ホームに戻りました。その後、またムクミが出て、施設の方から「食事を食べる気はあるが、口に入れても飲みこめない」と聞きました。それは入院前からよく聞いていたので、また前の状態に戻ったと思っていました。1月24日に施設から電話で、食事と水分の摂取を本日で終わりとして、後は口をしめらすことのみとすることになったとのことでした。それは老人ホームに来られた担当医師の決定です。その後、母は1月28日に亡くなりました。

2週間の入院中に各種の検査の結果「肺に水がかなりたまっていて、これはとることができない」と説明は聞いていました。退院時の担当医と私の話で「点滴だけでしばらく様子をみるのはどうか」と聞いた際に、「それではかえって苦しくなる」との説明をされ、こちらもそれならと施設に戻るほうを選びました。こうした経過でしたが、これで本当によかったのか、もう少し別のやり方があったのではないか、最期はやはり病院のほうがよかったのではなかったか、しかしそれでは母の希望に合わない状態になったのではないか、などと考えてしまいました。

病状によって、入院するか、どの医療行為をしたほうがよいか、しなくてもよいと断れるかによって、結果が違ってくることを改めて考えさせられました。前もって詳しくリビング・ウイルに書いてあっても、それで家族が判断するのに助けられるか、かえってそれで判断が難しくなることもあるのではないかなどと思ってしまっています。

協会からのコメント

ご高齢(100歳)老衰の自然な死のプロセスが、よくわかる「看取りエピソード」です。「急に元気がなくなり、いつ面会に行っても眠っている状態」が続き、最期のお別れへと近づいていきます。その時! が訪れるのは、どなたにとっても「急に」なのです。それで自然なのです。

よくご家族によっては「もっと食べさせたい」「せめて点滴でも」と望まれます。「それではかえって苦しくなる」という医師の説明の意味と意義を再度、説明させていただくと、

「飲食を受け付けなくなっている体に無理に食べさせたり、点滴したりすることは、すでに代謝できないので、体液や分泌物が溢れてしまうとイメージしてみてください。すると痰がらみの咳で苦しんだり、1日何回も吸引しなくてはならなくなったりします。それは、患者さんにとっては苦しいことですよ」とか、「人は枯れるように、あたかも柿の実が熟すと落下して土にもどっていく、というのが苦痛のない自然なことなのですよ」とか、「食べない、飲まないで枯れるようにというケアは、決して酷いことではなくて、むしろ患者さん自身が“多幸感”を感じて逝かれる、という経験をしている看護師も多いのですよ」等と物語って、お考えになってはどうでしょう。

ご家族によってどの語りが理解につながるのか、お話ししてみないとわからないのですが…。

リビング・ウイルがあっても、その時々の病状(肺への水の貯留など)を前にしてご家族が下す判断の難しさは痛感しております。それでも、お母様が入院を望まなかったというご希望を叶えて差し上げたことを、ご家族の自信に替えてほしいと願います。ご家族が悩み抜いて向き合われた事実は、決して色褪せることはありません。

くれぐれもご自愛ください。