「麻薬を使ったら2週間で終わり、それでいいから」
遺族アンケート
2018年5月に膵臓がんが発見され、胆道にステントを入れる処置(内視鏡手術に分類はされるが)を受けて、医師から余命を告げられた。処置をした病院の医師から抗がん剤や放射線治療を勧められたが、一切を拒否した。処置後、在宅医も軽い抗がん剤や事前ポート造設を勧めたが、本人は一切拒否した。本人が元医療従事者(看護師、看護教員)だったこともあると思うが、両医師は特にそれ以上勧めることはなかった。2018年8月には故郷に5日間旅行して兄弟と過ごせた。治療をしなかったので在宅で過ごせたのだと思う。2019年2月には、兄弟が別れに訪問してくれた。2019年3月A病院レスパイトケア病棟(注釈:短期間介護者が心身の休養をするために一時的に入院することができる病棟のこと)に入院した時に、頓服用の麻薬を持続に変えられて、入院3日目からヘロヘロの状態になった。家族は頓服用に戻すように要望したが、「本人の希望です」と拒否された。本人は「麻薬使ったら2週間で終わり、それでいいから」と元気な時から言っており、A病院入院も”いよいよその時が来たな”と覚悟はしていたと思う。ただ、がんの痛みではなく、自宅で転倒して右目が見えなくなり、在宅生活が困難になったための判断だった。家族(長男、次男、長男の妻)は持続の麻薬使用には納得いかずに、1週間で緩和ケア病棟へ転院できたのは幸運であった。その後、2カ月間、緩和ケア病棟で過ごす。麻薬も頓服用で、その間に3回、外泊もできた。最後は家族3人+姪の4人が揃っているところで迎えた。満足できた最後であった。
協会からのコメント
“がん”を告知され余命を告げられた時に、ご本人は強い覚悟を決断され、最期まで身の処し方を考え態度決定されていく潔さは、長年の看護職者としての鍛錬の賜物なのでしょう。「拒否した」という言葉に意思の明確さと、周りの医療者、そしてご家族への確かな配慮を感じます。その間に故郷へも旅行ができ、ご家族の協力や本人を想う気持ちが伝わってきます。麻薬の使い方は近年とても進化し、日中は疼痛緩和し夜間は深く眠り体力を保持するようなことができるようになりました。疼痛の緩和管理は、まさに日進月歩です。(『麻薬を使ったら2週間で終わり』というのも昭和の人の認識だと読者の方々にはご理解いただきたいのです)
麻薬の使用の仕方も多様で個人差が大きく、どの一つとして同じものはないと受け止めていただきたいと思います。
まさにお一人おひとりの個性を尊重した「看取りのエピソード」の一つにすぎません。決して、誰もができるわけではありませんし、誰にでもお勧めしているわけでもありません。ただ、ご本人とご家族の決断で緩やかで和やかなお別れの時間を作ることができるという参考例としてのご紹介です。命の終わり方を選択すること。そのための決心、そして決断はとても重く、難しいことです。厳しいけれどこれも一つの事実として“小さな灯台”は光を照らし続けて参ります。