【情報BOX】グリーフケア-大切な人を亡くした哀しみを癒すために
◎悲嘆の感情(グリーフ)とはどんなものでしょうか
▼悲嘆の感情(グリーフ)を抱く対象は広く、さまざまな種類があります
伴侶を亡くす、親を亡くす、子どもを亡くす、友人を亡くす。考えるだけでつらく悲しくなり、そんな日が来ないでほしい、そんなことは考えたくないと誰もが思うことでしょう。
「悲嘆の感情(グリーフ)」とは、何かを失うこと(喪失体験)による悲しみをさします。喪失体験には大切な人との死別や離別を筆頭に、病気による衰退や身体の一部の損失・災害や事故による損傷、財産や住居・仕事などの喪失、住み慣れた地域・職場や学校を離れることなども含まれます。また、こうした形あるものの喪失に加え、安全や安心、夢や希望・目標、地位や立場、自尊心、役割、などといった心理的・社会的なものを失うことも含みます。
悲嘆の感情を抱く対象はさまざまですが、その最たるものは大切な人を亡くした際の悲しみや喪失感である「死別の悲しみ(看取りの悲嘆)」です。その中でも「伴侶を亡くする悲嘆の感情」が最高位の悲しみであることが、最近の研究によって明らかになっています。
喪失を体験すると、精神的衝撃、苛立ち、悲しみ、混乱、虚無感、自責の念、寂しさなどの悲嘆の感情が押し寄せては返し、睡眠障害、食欲の減退、アルコール依存、倦怠感などの身体的な症状が出現し、私たちを苦しめます。
▼悲嘆の感情(グリーフ)を引き起こす出来事は強いストレスとなる
悲嘆の感情を引き起こす出来事がもたらすストレスは相当なものです。
ライフイベントストレスチェック(図)は、1年間に経験したライフイベント(出来事)を合計して、どれくらいのストレスが蓄積しているかを把握する方法です。このチェック表を見ると、配偶者の死や親族の死など悲嘆の感情を引き起こす出来事が上位を占めています。私たちのライフイベントの中で、それらがどれほど強いストレスとなるのかが客観的にわかるでしょう。
※点数は大阪樟蔭女子大学・夏目誠氏らが行った調査を基に定めたもの。合計点が260点以上だとストレスが多い要注意の段階、300点以上だと病気を引き起こす可能性があるほどストレスが溜まっている可能性がある段階を示す。
出典:NHKスペシャルシリーズ キラーストレス,2016年6月18日. http://www.nhk.or.jp/special/stress/
▼悲嘆の感情(グリーフ)にはプロセスがある
悲嘆のプロセスについては、世界中の研究者の間でさまざまな定義がなされています。
特に日本では司祭であり哲学者でもあるアルフォンス・デーケン氏の提唱した「悲嘆のプロセス12段階」がよく取り上げられますが、生活者の常識的な心得としては下表の4つのプロセスを知っておくことで十分でしょう。
表 生活者として心得ておこう。【悲嘆の感情(グリーフ)4つのプロセス】
I期:ショック・恐怖
「いったいなんなの、これは?」という脅威と麻痺感覚に襲われる
Ⅱ期:怒り・嘆き・悲哀・憂うつ
「なぜ、自分が? ◯◯していたらよかった」という感情とともに身体症状を
併発する
Ⅲ期:断念・受容
「仕方がない。では、どうしよう?」と敵意が消え、日常生活に次第に希望が
現れてくる
Ⅳ期:希望・新しい行動
「◯◯があったからこそ、△△ができた」と思い改め、チャレンジしたくなる
出典:近藤和子:「看取りのグリーフケア」,p.39-40.
ショックが怒りや悲哀に変わり、断念・受容を経て、やがてゆっくりと希望に向かう……
日野原重明医師(故・聖路加国際病院名誉院長)は良く「大きな悲嘆感情を体験した人は元に立ち直ることはできないけれど、立ち上がることはできる。何とか立ち上がれば最初の一歩を前に踏み出すことが可能でしょう」と良く話されていました。また修道女として、長い間、遺族のグリーフケアにあたってこられた高木慶子氏の「悲嘆は乗り越えることができる。そして、乗り越えた先には新しい自分を見つけることができる」という言葉は大きな支えになります。遺族外来で多くの遺族に寄り添ってきた大西秀樹医師もまた「死別によるつらい体験の後に遺族が成長し新しい人生を踏み出す」過程を記しています。一方で「悲嘆は乗り越えなければならないものでも、乗り越えられるものでもない。忘れられるものでもなく、忘れなくても良い、一生涯その人の中に消えない種となって共に生きていくものだ」と語りかけてくださる哲学者、宗教・倫理学者の方々もいらっしゃいます。
「小さな灯台」ではそれぞれの立場、それぞれ多様な「癒しびと」があって良いし、また、私たち一人ひとりがそれぞれに「癒される言葉」に出会っていけるように、できるだけ多くの考えを可能な限り偏りなく紹介していくことを心がけていきたいと思います。
◎「癒しびと」を求め、自らもまた「癒しびと」となる
高木氏は、かつて日本には大家族や向こう三軒両隣と称されるようなコミュニティの中に「癒しびと」がいて、自然と死別後の心を癒すやりとりが交わされていたといいます。核家族化しそのようなコミュニティが失われつつある昨今「癒しびと」がいない中で愛する人を亡くすることは残された者への負担が大きく、悲しみや怒りに包まれることは無理もなく、自分を責める必要はないとも記しています。
幸いなことに現在は「悲嘆の感情(グリーフ)」に関する参考情報もたくさんあり、専門家や開かれた相談先に支援を求めることもできます。「癒しびと」が周りにいない時、つらい時は一人で抱え込まず、可能であれば誰かのお世話になることがあってよいと思います。あなたに手を差しのべることが、その誰かの経験にもなるでしょう。また、心に余裕ができたら悲嘆の最中にある人にできる範囲で手を差しのべ、みんなで少しずつ悲しみを分かち合える循環ができたら、死をタブー視しないコミュニティを身近に創っていくことができたら、誰もが安心して生きることができる社会に一歩近づくのではないでしょうか。
資料として「つらい時の主な相談先」と「悲嘆の感情(グリーフ)」を理解するための書籍を挙げましたので参考になさってください。
また尊厳死協会の会員の皆様は“尊厳死を希望された大切な人の死を看取る経験”という「共通体験」がある「癒し人」の大切な仲間になりえる人々です。
すでに全国各地の支部地域の中に「グリーフケアに関するセルフヘルプグループ」などもあることでしょう。ご自身が主宰されていたり、見たり聞いたり、ご自身で経験されたりして、良かったなと思える情報がありましたら、いつでも「小さな灯台情報BOX」までお寄せください。会員の皆様とともに、相談先、そして参考資料に関する情報を充実させて参りましょう。
●つらい時の主な相談先
・ほほえみネットワーク・グリーフサポート
http://www.hohoemi-network.org/
・生と死を考える会
電話:03-5577-3935 http://www.seitosi.org/
・全国自死遺族総合支援センター
電話:03-3261-4350 メール:wakachiai@izoku-center.or.jp
https://www.izoku-center.or.jp/
・埼玉医科大学国際医療センター遺族外来(精神腫瘍科)
https://www.international.saitama-med.ac.jp/detail1/d1-15/
・上智大学グリーフケア研究所
https://www.sophia.ac.jp/jpn/otherprograms/griefcare/index.html
・ビハーラ/浄土真宗本願寺派社会部
https://social.hongwanji.or.jp/html/c11p3.html
・子どもを亡くした家族の会 小さないのち
https://chiisanainochi.org/
●「悲嘆の感情(グリーフ)」を理解するための参考書籍
『看取りのグリーフケア』(近藤和子著,ごきげんビジネス出版)
『大切な人をなくすということ』(高木慶子著,PHP)
『遺族外来―大切な人を失っても』(大西秀樹著,河出書房新社)
『夫・妻の死から立ち直るためのヒント集』(河合千恵子著,三省堂)
『配偶者を喪う時―妻たちの晩秋・夫たちの晩秋』(河合千恵子著,廣済堂出版)
『自分の死を看取る―天国からのメッセージ』(近藤裕著,いのちのことば社)
『自分の死にそなえる』(近藤裕著,春秋社)
『死を看取る医学―ホスピスの現場から』(柏木哲夫著,NHKライブラリー)
『死を超えて生きるもの―霊魂の永遠性について』(ゲイリー・ドーア編/上野圭一他訳,春秋社)
『「死の医学」への序章』(柳田邦男著,新潮文庫)
『死と歴史―西欧中世から現代へ』(フィリップ・アリエス著/伊藤晃他訳,みすず書房)
『死の体験―臨死現象の体験』(カール・ベッカー著,法蔵館)
『死と愛―実存分析入門』(V.E.フランクル著/霜山徳爾訳,みすず書房)
『ダライ・ラマ 死と向き合う智慧』(ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ著/ハーディング祥子訳,地湧社)
『生と死の心理―ユング心理学と心身症』(河野博臣著,創元社)
『ある心臓専門医の死生観』(阿部亮著,悠飛社)
『からだの知恵に聴く―人間尊重の医療を求めて』(アーサー・W.フランク著/井上哲彰訳,日本教文社)
『臨床例の統計的分析人間が死ぬとき―人々は何を見たか』(カーリス・オシス,アーレンダ・ハラルドソン著/笠原敏雄訳,たま出版)
『生きて死ぬ智慧』(柳澤桂子著,小学館) ※般若心経現代語訳本
『死を教える』『死を考える』『死を看取る』(アルフォンス・デーケン,メヂカルフレンド社編集部編,メヂカルフレンド社)〈叢書〉死への準備教育
『生きる意味―ビクトール・フランクル22の言葉』(諸冨祥彦著,ベストセラーズ)
『死の臨床―死にゆく人々への援助』(河野博臣著,医学書院)
『死の臨床―わが国における末期患者ケアの実際』(池見酉次郎,永田勝太郎編,誠信書房)
『突破への道―新しい人生のためのセルフ・リペアレンティング』(ミュリエル・ジェイムス著/深沢道子訳,社会思想社)
『人生、再出発のとき読む本―イメージと言葉によって人生は変えられる』(武島一鶴著,PHP研究所)
『死ぬ瞬間―死とその過程について』(エリザベス・キューブラー・ロス著・鈴木晶訳,読売新聞社)
『ひとり誰にも看取られず―激増する孤独死とその防防止』(NHKスペシャル取材班&佐々木とく子著,阪急コミュニケーションズ)
『デス・エデュケーション―死生観への挑戦』(ロバート・フルトン編著/齊藤武他訳,現代出版)
『災害の襲うとき-カタストロフィの精神医学』(ビヴァリー・ラファエル著/石丸正訳,みすず書房)
『死をめぐる対話-太陽と死は直視することができない』(クリスチャン・シャバニス著/足立和浩他訳,時事通信社)
『災害ストレス-心をやわらげるヒント』(MLマクマナス著・林春男訳,法研)
『グッド・グリーフ-悲しみにある人々へ 悲嘆の過程の研究』(グレンジャー・E・ウェストバーグ著/戸川隆訳,聖文舎)
『危機におけるカウンセリング』(ハワード・W・ストーン著/五島勝訳,聖文舎)
『喪失体験と悲嘆-阪神淡路大震災で子どもと死別した34人の母親の言葉』(高木慶子著,医学書院)
『危機に生きる信仰』(カール・マイケルソン著/野呂芳男他訳,新教出版社)
『対象喪失-悲しむということ』(小比木啓吾著,中公新書)
『悲しみセラピー』(カレン・カタフィアツ著/目黒摩天雄訳,サンパウロ)
『それでも人生にイエスと言う』(V・E・フランクル著/山田邦男他訳,春秋社)
『生きぬく力-逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』(ジュリアス・シーガル著/小此木啓吾訳,フォー・ユー)
『未来の人間学-死のまさる生命 人間の永遠の次元』(アルフォンス・デーケン,中村友太郎編,理想社)
『チェルノブイリ診療記』(菅谷昭著,晶文社)
『自分にやさしくなるセラピー』(チェリー・ハートマン著/目黒摩天雄訳,サンパウロ)
『災害の心理-隣に待ち構えている災害とあなたはどう付き合うか』(清水將之著,創元社)
『惨事ストレスへのケア』(松井豊編著,おうふう)
『災害とトラウマ』(こころのケアセンター著,みすず書房)
『悲しみの乗り越え方』(高木慶子著,角川新書) 以上
また、日本尊厳死協会のホームページにも「死に関する関連図書」の紹介コンテンツもあります。是非、参考になさってみてください。
日本尊厳死協会 書籍紹介サイト