第9回 日本リビングウイル研究会 パンデミックと尊厳死【概要】

Key word:COVID19、命の選別、POLST、リビング・ウイル、
トリアージ、ガイドライン、バイタルトーク

中国武漢に端を発した新型コロナウイルス感染症は、グローバル化された世界の足元をすくうかのように一挙に勢力を増しながら拡がり、2020.3.11にはWHOによってパンデミックと認定された。その後も感染は留まるところを知らず、2020.10.22現在で世界感染者数は3968万人、死亡者数は110万人を超える。当初、各国の医療体制は急激な需要に対応しきれず、凄惨な状況が連日報道された。重症者の治療のために必要な医療資源(入院ベッド、医療者、個人防護具、検査機器、人工呼吸器、ECMOなど)は圧倒的に不足し、どのような患者が優先的に治療されるかの選択「命の選別」が始まったとも言われている。
 新型コロナウイルス感染症は、これまで、医療は限りなく受けられるという幻想を打ち砕き、死を身近なものとした。リビング・ウイルの延命処置の拒否は、医療を本人の意思に関わらず、限りなく延命処置行うことへのアンチテーゼであったが、ここに、救命措置すら受けられないという未曾有の事態が生じた。日本尊厳死協会創立以来、初めての未曾有のパラダイムシフトが起こったため、私たちは今、命の危機における意思決定のあり方を問われることとなった。

2020.3.30 生命・医療倫理研究会はCOVID-19 の感染爆発時における人工呼吸器の配分を判断するプロセスについての提言(資料1)を発表した。
http://square.umin.ac.jp/biomedicalethics/activities/ventilator_allocation_recommendations.pdf

 COVID-19の感染爆発で人工呼吸器が不足した危機的状況においても、平時と同様に、医学的な適応と患者本人の意向を中心に人工呼吸器の装着を判断するのが原則である。しかし、数の限られた人工呼吸器をどの患者に装着するか、人工呼吸器で生命が維持されている患者の人工呼吸器を救命可能性のより高い患者のために取り外すことが許容されるか、取り外すことが許容されるのであれば、それはどのようなプロセスで判断されるべきか、という未曾有の臨床倫理上の問題についての提言であった。  そうした「命の選別」に対して自らも ALS患者である参議院議員の舩後靖彦氏は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う「命の選別」への声明で感染爆発時の人工呼吸器の「再配分(人工呼吸器を装着している患者からの取り外しと新たな患者への装着)の容認などを提言していると強い懸念を表明し、命の価値に順列を付けない社会への理解を求めた
(資料2)。
https://yasuhiko-funago.jp/wp-content/uploads/2020/05/20200413.pdf

障がい・難病の方々で組織されている団体や研究者からも同様の懸念が表明されている。
(資料3)
https://www.dpi-japan.org/blog/demand/our-rights-to-life-during-the-covid-19-emergency-statement-from-persons-with-disabilities-at-risk-新型コロナウイルス下で/

 新型コロナウイルスの臨床像は非常にバラエティーに富んでおり、全く症状がなく経過する場合から、感染後、短期間で重症化し、死に至るケースもある。重症化の例では短期間で意思確認が困難な状態となるため、治療方針について話し合う機会が十分に取れないケースがどうしても出てくる。こうした場合に備えて、日本医師会のCOVID-19有識者会議で千葉大学の相馬孝博、山本修一教授は新型コロナウイルス診療におけるPOLSTについてのガイドラインを提示した。
(資料4)
https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/1593

 海外の尊厳死協会や安楽死協会は「コロナ世界での事前指示書(*1)」を出し、さらに「高齢者に人工呼吸器を付けるということは何を意味するのか、つまり離脱後の大変な試練(合併症や過酷なリハビリ)を以てしても以前と同様の日常を取り戻すことが困難であることを理解したうえで伝えたいこと(*2)」を発信した。
*1https://finalexitnetwork.org/wp-content/uploads/2020/04/My-Choices-for-COVID-19.pdf
*2https://www.nytimes.com/2020/04/04/opinion/coronavirus-ventilators.html

 感染症という性格上、人生の最終段階であっても家族や愛する人と会うことも触れ合うことも叶わず、お別れの儀式でさえすることが許されない。哲学の世界からは、「死者の権利の蹂躙」という強い言葉も発せられている。

 今後しばらくコロナと共に生きる「新しい生活様式」では、時間をかけて何度でも繰り返し話し合うACP(人生会議)は十分に出来るとは思えない。そのような中で尊厳死をどう考え、何を準備し、どう実現させるのか、専門の方々と議論を深め、一筋の光を見出したい。

講 師
野元正弘(医師、済生会今治医療・福祉センター長、死の権利協会世界連合理事)
長尾和宏(医師、長尾クリニック院長)
北村義浩(医師、⽇本医科⼤学医学教育センター特任教授、元国⽴感染症研究所免疫部免疫細胞室長)
小川純人(医師、東京大学医学部附属病院老年病科)

満岡聰(コーディネーター、医師、満岡内科クリニック院長)