会員様・ご家族様からの声・2019年ご遺族アンケートより

看取りの道しるべとして・・・

妻(62歳)の8年にわたる闘病の、心の支えになりました。(神奈川県)

「ご本人(83歳)の尊厳と美学への強い意志を尊重しました」と医師に言って頂きました。(京都府)

母(95歳)にとってはお守りのようなものでした。私に預け、安心して暮らしていました。(北海道)

・本人(64歳)、家族、医師がリビング・ウイルを共有していたので、本人とコミュニケーションが取れない状態になった後も意思を尊重して対応することができました。(東京都)

・父(89歳)からは日本尊厳死協会に入会したとだけ聞き、リビング・ウイルや会員証の存在は後から知りました。ですが、「協会に入った」ということを伝えられただけでも、本人の意思の一端を知ることが出来、良かったです。(神奈川県)

・日本尊厳死協会は、医療や介護に関わる人によく知られており、リビング・ウイルや会員証の他に、いざという時の具体的な「希望表明書」があることで、本人(84歳)の意思を円滑に伝えることが出来ました(神奈川県)

・夫(87歳)は散り際、引き際にこだわりを持っていた人です。協会のことは年始めに家族全員に伝えていました。生前整理もほとんど終え、シナリオ通り格好よく旅立ちました。最後の姿は、趣味でやっていた尺八の舞台姿、和服に袴でした。(三重県)

・夫(86歳)の最後が、何本ものチューブにつながれるような姿でなくて良かったと思う一方、本当にこれで良かったのかと思いもあるのです。自分の我儘かもしれませんが、「生きていてくれるだけで良かったのに」という思いは今も消えません。(東京都)

・後に残された私が感じたこと、「女性は強い」「主婦はえらい」。妻(81歳)の体調が悪いとはダウン直前まで気づかなかった。時々テレビを見ながらコックリしているので「疲れているならば横になったら?」というと、「主婦は男性と違って、横になった時はお終いよ」と言い、むしろ私の面倒を細かくみてくれていた。ある日手洗い所からなかなか出てこないので、気になって見に行ったら、廊下に倒れていて手足が冷たくなっていた。あわてて救急車を呼んだが、「おとうさん、前からの約束でしょ、救急車は呼ばないで」と頭をかすかに上げて言った。意識が朦朧とした中でこうも言うとは、、 その後回復し、養護院へ移るも感染症のため亡くなりました。予てからの約束通り、家族葬で海に散骨しました。何もかも妻にまかせきりだったと、今になって思います。(神奈川県)

・母(100歳)の場合は二人の娘家族とも会員で、理解していたので良かったのですが、これからは家族のいない方などの意思をどのように伝えたらよいかなど、高齢化社会に適応する制度作りを望みます。(京都府)

・在宅での看取りは介護者が心身の負担を負い、難しい場合もあると思いますが、高齢者施設でも在宅と同じような環境で看取りまでできると感じられました。医療機関やホームでは、母(97歳)のリビング・ウイルは十分に受け入れられ、最期の3カ月、母の人生を一緒に振り返り、改めて尊敬と感謝を持つことが出来たのは本当に嬉しかったです。この3カ月という期間で、母の死を自然に受け入れる心の準備も出来たようで、母の死は悲しいけれど清々しさも感じました。(東京都)

・夫(85歳)は自分で決めていた人生の目的を立派に果たしましたし、終末期医療についても夫婦で話し合っていたので、ためらわずにリビング・ウイルを医師に提示することが出来ました。お互いに元気なうちに話し合っておくことの大切さを改めて思いました。もし協会に入会していなかったら、子供たちと共にどんなにか悩んだことかと思います。「私の希望表明書」にもしっかりと記入しておこうと思っています。(長野県)

・母(89歳)のリビング・ウイルを貫き通すのは本当に苦しかったです。あらゆる病状の変化ごとに医師から「どうしますか?」と意思決定を迫られることになり、本当にこれで良いのか迷いました。また、家族間でも意見が割れ、深刻な対立が生まれてしまい、母の死後しばらくの間、心身ともに消耗しました。(千葉県)

・父(95歳)に寄り添って見守ることが出来たのは、「延命措置はいらない」という父の強い意志があってこそです。娘として、父が動けなくなれば手を貸し、食べられなくなれば砕いたり味を工夫したりし、どうしたら父が心地よく過ごせるか悩んで心身が乱れ、不安状態となりましたが、周囲の方に支えられ、父を見送ることが出来ました。母の死後、家の中をほんのわずかな生活用品だけ残して整理し、他人の手を借りず生活してきた父。会う方々に「きれいにしている素敵なお父さん」と言われました。見事でした。父は協会に入ったことに支えられていたのでしょう。(茨城県)

・「このまま入院していたら、病院では最低限の治療はします。望まないなら、一日も早く退院されるのがよい」と主治医から告げられた時はショックを受けましたが、今思うと、医師の言葉は本当のやさしさだったと感謝しています。退院し、在宅訪問医師と看護師に来て頂き、夫(76歳)は家族皆に囲まれて静かに息を引き取りました。自分で作った骨壺や遺影の準備、すべて整えて逝った夫はアッパレだと思います。(兵庫県)

・その場に立ってみないと人の心、行動など予測できるはずもない、ということを母(73歳)を亡くして感じました。母が協会の会員でよかった。会員でなければ、親子、兄弟で揉め事が起きても不思議ではない状況でした。(徳島県)

・夫(94歳)は具体的に亡くなるまでのこと、亡くなった時のこと、亡くなってからの希望を話してくれていました。夫を支える在宅訪問医師やリハビリの先生、訪問看護師の方々とも、リビング・ウイルを通して意思を共有していましたので、私は何も心配せず、今までの生活の延長で、夫と私の時間を最後の最期まで、普段通り穏やかに日々を過ごすことが出来ました。(東京都)

・肺がんで亡くなった夫(66歳)は、担当医師から余命を宣告されていたわけではないので、自分が終末期であるという自覚が持ちにくかったようです。なので病院から自宅に戻り、訪問診療にかわったのちも、もしかしたらまだ治療の可能性があるのではないかという思いと、これ以上は治療を受けずに過ごすという思いの間で揺れ動いていたようです。最後はこうしたいと決めていても、その最後がいつなのか、正に今なのか、を自覚するのは本当に難しいことだと痛感しました。それは家族にとっても同じことがいえると思います。全く未知の、看取りまでの道筋でしたが、訪問医師による家族への丁寧な説明と、症状にあわせた細かい訪問診療により、徐々にお別れに向けての覚悟をもって進むことが出来ました。今はただただ感謝しております。(大阪府)

・看取りの2週間は選択の連続でした。延命措置の知識はあっても、実際の判断に迷うばかり。お世話になるホームの方、看護師、医師、家族の全員の気持ちが共有がとても大切でした。看取りのその時、たとえ本人のはっきりとした意思確認が出来ないとしても、本人の意向こそが、関わる全員の納得の選択になりました。そしてその本人の意向の確認、家族の選択の道しるべが、尊厳死協会に入会していることでした。このことは事前には分からないことでした。経験で気づいたことです。言葉には出来ない感覚的な多くのことが存在していました。尊厳死は人それぞれ、家族それぞれの受け止め方があると思います。尊厳死協会の存在こそが、看取りの道しるべとしてとても重要でした。心より感謝しています。(神奈川県)

・患者の最期に関わる医師には、不向きの方が多くおられるようです。専門が何、とか得意が何、ではなく、人生経験豊かな、心ある医師がなってほしいと思います。がん末期の夫(77歳)の痛みの訴えに、「それほどの痛みではないはず」と言われました。痛がる夫を見ているのは辛かったです。(東京都)

・脳梗塞で倒れた父(94歳)は、リハビリの努力も実らず、長期療養型病院へ移ることになりました。そこで経管栄養を受けることにした為、2年間、本人が最も望まない形での生存となりました。寿命が尽きるのを待つだけの期間は、疑問の残る期間でもありました。ただ、病院の対応は全く非難されるものではなく、感謝をしています。(東京都)

・電話で救急隊員から母(89歳)の処置方法を確認された際に、助からないならば延命措置をしないで下さいと迷いなく答えることが出来ました。本当によいか、の確認の電話が5回ほどありましたが、その都度迷わず判断出来ました。しかしそれでも後日、それで良かったのかと心が揺れたので、母が協会に入会していたという事実に助けられました。(東京都)

・担当医師から何度も延命措置をすすめられたが、断ることが出来たのは父(86歳)のリビング・ウイルのおかげでした。特に認知症になった場合は、本人の意思を証明するものとして非常に重要でした。(千葉県)

・病院、高齢者施設共に、父(80歳)のリビング・ウイルの受け入れは難しかったです。「見殺しにするようなことは避けたい、医療従事者として出来ない」と言われました。それでも何人かの医師からは、「できるだけ希望に沿える方法は、このような方法があります」と提示してくれる方もいました。見殺しにするようなことは避けたいが、本人の気持ちもわかる、という感じでした。子供としても、いざその時になると、やはり何とか生き延びる方を選んでしまいたい気持ちになりました。(福岡県)

・母(96歳)から尊厳死の話を聞き、書類を預かっていましたが、本人の意思であるといっても、家族としては複雑な気持ちで、もっと医療をしてあげたかった気持ちが残りました。(埼玉県)

・ほとんど会話のない父娘でしたから、父(83歳)が協会に登録していることは知りませんでした。父の死後整理をしているときにリビング・ウイルと「私の希望表明書」が見つかった次第です。希望表明書の中の、「医師が回復不能と判断した時、私がして欲しくないこと」にすべてチェックがしてあったのを見て、父の気持ちが分かったと同時に悲しい思いもしました。死後ではありましたが、父の気持ちを教えて下さり、有難うございました。(東京都)

リビング・ウイルが果たした役割は

協会では、亡くなられた会員のご遺族に協力していただき、リビング・ウイル(LW)が役立ったかどうかをアンケート調査しています。2019年は640人から回答をいただきました。

 541人(85%)がLWを医療者に伝えていて、「LWは受け入れられましたか」の質問には「十分受け入れられたと思う」が70%、「どちらかといえば受け入れられたと思う」は24%で、合わせて94%のご遺族がLWの効果を認めています。

 2年前からスタートした「LWはご家族にとってどういう意味を持ったか」を伺うアンケートは以下です。複数回答で一番多かったのは「本人の意思を実現できた(399人)」、次に「医療方針を決定するにあたり、家族にとって迷いがなくなった(348人)」、さらに「医師とのコミュニケーションに役立った(192人)」、「LWを持っていることで本人が安心して暮らせた(177人)」でした。