第10回 日本リビングウイル研究会
レジリエンス:パンデミックから立ち直る力 【概要】

2020年3月11日に新型コロナウイルス感染症がWHOによってパンデミックと認定されてから1年8ヶ月が経過した。その間私たち人類はこのウイルスを研究し、予防や戦い方について経験を重ね知見を積んできた。そしてワクチン接種が広まり、第5波以降急激に感染者数はへり、治療薬の開発も進んできてはいるものの、海外の状況を見ると、いまだ確実に収束したとは言えない。
 当初、各国の医療体制は急激な需要に対応しきれず、凄惨な状況が連日報道され、「命の選別」が始まったとも言われた。これまで常識と考えられていた「誰でも受けられる」医療体制を打ち砕き、延命措置どころか救命措置すら受けられないという日本尊厳死協会創立以来、初めての未曾有のパラダイムシフトが起こった。私たちは、パンデミックや大災害のなかでの、命の危機における意思決定のあり方を問われることとなり、協会をはじめ有識者たちから、予めリビング・ウイルを書いておくことの重要性がクローズアップされたのである。
 新型コロナウイルス感染症はさらに以下のような現代の日本社会における潜在的な問題を浮上させた。

  1. 面会制限により十分な接触が制限され、お看取りやお別れの儀式を通して死にゆく人に対して敬意を示すことが出来なくなり、残された家族の心に傷を残した。感染者のみならず、コロナ非感染者においても、病院や施設での面会制限は今も続いている。
  2. 新型コロナウイルス感染者、回復者、その家族、治療に当たる医療者に対する社会的偏見や制裁ともいえる周囲の言動に曝されるスティグマ(負の烙印)の問題も浮上した。
  3. 重症化から生還した人の多くが何らかの後遺症を抱え、生きにくさを感じている。

日本尊厳死協会では、この2年間11回にわたり、協会のあり方、目指すべき方向性、リビング・ウイルの内容について検討委員会を立ち上げ、外部の哲学者、倫理学者、社会学者、医療関係者、弁護士等を招き討論を行ってきた。その中で、尊厳死は単なる延命措置の拒否や十分な緩和ケアを行った末の死ではなく、それまでの尊厳ある生の先にあるものという考え方が確認された。
 では尊厳ある生とはいかなる生なのか? 端的に言えば、尊厳ある生とは自己肯定感を持ち、自尊心が保たれて生きている状態といえよう。現代社会においては離別、死別、病気、失業、貧困、孤独、虐待、差別、敵意、認められない、愛されない、努力が報われない、経験が足りないための失敗など、心が折れることは多々ある。あるいは10年前の東日本大震災に代表される地震、津波、台風、洪水などの避けられない天災に見舞われることもある。
 そうした中で、自己肯定感を持ち自尊心が保たれている人と、不幸にもそうでない人がいる。如何にすれば、起きてしまった不都合な出来事から立ち直る心のしなやかさ、つまりレジリエンスを育成できるだろうか? 近年、健康に対する考え方が変わりつつある。オランダの家庭医マフトルド・ヒューバーは「社会的・身体的・感情的問題に直面した時に適応し、自ら管理する能力としての健康」として、ポジティヴヘルスという考え方を提唱している。

人生は予期せぬ出来事の連続であり、どんなに心づもりをしていても、自分や家族の最期はなかなか思い通りにはいかない。心づもりをしてリビング・ウイルを書いておいくことの重要性は言うまでもないが、コロナ禍においては、面会制限、感染爆発により入院可能な病床数より圧倒的に患者が多いという不均衡の中で、想定しなかった形で死が訪れる事態となった。
 今回は自分にとって良くない予期せぬ出来事へのレジリエンス「絶望から生き直す力」に焦点を絞り、議論して行きたい。また、個人の努力で獲得できるレジリエンスのみならず、社会の状況、特に不寛容、共感の欠如といったレジリエンスへの障害についても議論ができれば幸いである。

講師
シャボット・あかね氏
オランダ発ポジティヴヘルスの著者、安楽死問題研究者

松田純氏
静岡大学名誉教授、哲学者。「安楽死・尊厳死の現在-最終段階の医療と自己決定」著者。

平林池保子氏
看護師、日本尊厳死協会医療相談員。

高宮有介氏
昭和大学医学部教授。日本死の臨床研究会世話人代表。

コーディネーター・満岡聰
満岡内科クリニック院長、日本尊厳死協会理事