【命と向き合って】歌とともに

妻が二年余の闘病生活の末、1月8日旅立った。肺がんの転移で激痛が絶え間なく襲い掛かり、下半身は浮腫が凄まじい。だが、最後まで入院を拒み、愛猫三匹と私が見守る中、猫達の天寿全うを私に託し、息を引き取った。68歳での死去は人生100年時代には早すぎる。口癖は「人の死期は生まれた時に神様が決めているから私達にはどうしようもないの。」

本協会への入会は奇しくもがんが見付かる半年前。夫婦とも無駄な延命措置をしてほしくないという考えで早速手続きを取った。小泉純一郎元総理が顧問に名を連ねていることも入会を後押しした。30年ほど前にお世話になり、その人柄と考えに尊敬の念を抱いていたからだ。特に総理時代はクリーンと信じた原発を福島原発事故を目の当たりにして人命と環境にリスクが高いと考えを改め、原発ゼロに転じた潔さには感心したものだ。

妻は人生の最後に歌と再会した。学生時代合唱部に所属し歌うことに熱中していたそうだ。でも、結婚以来30年間封印。那須へ移住した10年前、栃木県北で活動していた佐藤綾先生が指導する綾声会合唱団と廻り合い、早速入会した。合唱やボイストレーニングで古今東西の歌曲を歌うことに目覚めた。毎日、楽譜を前に一生懸命練習していた姿は忘れられない。

余命宣告が下ったある日、佐藤先生は、妻が感動で涙した加藤登紀子さん作詞作曲の歌「今、あなたに歌いたい」を、合唱団の仲間のピアノ伴奏で歌ったCDを持参して見舞ってくれた。まるで人生を振り返るような歌詞に自分を重ね、息を引き取るまで聴き続けたことは言うまでもない。死去の翌日葬儀会場に安置された妻を囲んで先生と仲間がアメージンググレースを歌ってくれた。妻にとって最高の野辺の送りになったことは間違いない。感謝で一杯だ。

余りにも早すぎる死ではあったが、妻は彼岸でも好きな歌を一生懸命練習しているに違いない。

2022.3.14
協会会員 栃木県 男性