【動画】対談 高橋伴明・恵子ご夫妻

【NO.1】
俳優高橋恵子さんが、父親の波乱万丈な人生を語ります。父親は新天地を求めて福島県から北海道標茶に渡り酪農を始めましたが、実際は酪農(らくのう)でなく、「ら」抜きの苦悩(くのう)を経験。娘の恵子さんが、自分が憧れていた芸能界で活躍するのを見届け、荘厳な最後を遂げました。

【NO.2】
無頼派、高橋伴明さんが映画監督になるまでのヒストリーとご両親の最後を語ります。父親は監督が高校生の時に49歳で亡くなりました。その後奨学金を受けて大学に入学するものの、学生運動のさなか大学はセクトに占領されて行けなくなり、助監督として映画を撮り始めることに。高橋伴明、恵子ご夫妻が尊厳死協会に入会したのは、2018年。「死ねるということは、ある意味いいわけです。死ねないことのほうが辛いかもしれない」と恵子さん。「自分たちのためよりも、むしろ子供が迷わないため」と伴明監督。

【NO.3】
引っ越しをするたびに、徹底的に断捨離をしてきたお二人。整理をすると同時に、新しいことにチャレンジする空間が生まれると言います。断捨離とは、自分が興味があるところにいつでも飛び込んでいけるよう身軽になることです。年齢を理由に諦めることはありません、と恵子さん。伴明監督は、自分の興味に絞って学び直しをしたいと言います。ひたすら映画を見て、映画を学びたいと。そして最後に協会に望むことを鋭く指摘します。何を尊厳と感じるかは人によってさまざま。「尊厳」をもっと身近なものとして話せる場を作り、いろいろな意見を交わすことが大事と訴えます。