LW時代(1)

終活文化のなかで重み増す

国語辞書で「しゅうかつ」を引いても「就活」はあるが、「終活」はまだ見当たらない。全面改訂をうたった最新版辞書も2012年発行だから仕方がない。〝終活文化〟が流行りだしたのは、ちょうどそのころだったから。
 人生の最期を自分の望むように準備しよう。そのための活動である「終活」を世に知らしめたのは週刊誌の連載記事だったという。その準備を形にした『エンディングノート』(以下『ノート』)が出版社などから続々発行され、「終活」という言葉が2012年新語・流行語大賞のベストテン入りした。
 終活文化のツールである『ノート』の仕様はさまざまだ。自分の人生の断片を書き綴り、死ぬまでにしておきたいことを書きとめ、家族や友人へメッセージを伝える。そして「もしもの時」の望みを明確にしておく。病気になったら、介護が必要になったら、葬儀、お墓、遺言、相続は…。
 当時、終活に対する世間の並々ならぬ関心を表すアンケート(60歳以上の3600人回答)結果がある。「ノートを知っている」は65%で、女性に限れば4人に3人という高率だった。ただ実際に「書いた・書いている途中」の人は6%と低いが、半数近くが「書いてみたい」と答えていた。
 あれから3年、ブームは衰えそうもない。わが国がこれから迎える超高齢・多死社会が背景にある。団塊世代が後期高齢者となる2025年には国民の4人に1人が75歳以上に。かなりの国民が「人生の最期の準備」を考える領域に入ってくるのだ。

伝えたいトップ 終末期医療のこと

さて、『ノート』では何を一番伝えておきたいのだろうか。前記アンケートによれば、「終末期医療のこと」(69%)が葬儀、お墓、遺言、家族へのメッセージを抑えてトップに立っている。「延命措置を望まない」という希望を書面で残しておきたいのだ。 今夏発行された『星の王子さま エンディングノート』(学研パプリッシング)がある。「もしものときのお願い(My Will)」の「病気になったら」の頁には、延命治療について「家族に重い判断を任せるのではなく、あなたの意思を伝えておくことが大切」と勧めている。更に「尊厳死」を説明して、その意思を表す「尊厳死の宣言書」を書く方法の一つとして、一般財団法人 日本尊厳死協会が紹介されている。
このように多くの『ノート』に尊厳死協会が紹介されていることは、私たちの誇りでもある。延命措置を断り、自然な死を望む意思を自ら表明する「リビングウイル」(Living Will、以下LW)を、協会がわが国で初めて発行して来年は40年目を迎える。いまではLWが『ノート』の必需品になるほど、〝LW元祖〟として普及に努めてきた自負がある。まあ、少しの自画自賛をお許しいただきたい。 日本尊厳死協会は1976年1月、終末期医療のあり方を考え、患者本人の意思尊重を主張する医師、法律家、ジャーナリストら有志により設立された。LWの発行と普及で尊厳死思想の啓発をめざしたが、LWそのものは米国からの輸入品だった。
1960年代の米国は、人種差別、女性解放、消費者運動で弱者の人権を守る運動が盛りあがった。医療では、医師により一方的に診断・治療されるだけの存在であった患者が、医療サービスを受ける消費者として、医師と対等の立場を求める運動が起こった。このなかで67年、弁護士ルイス・カットナーによりLWが提案され、全米に普及したとされる。 以上の米国事情は、『高齢者の医学と尊厳死』(大田満夫著、2003年)によるところが多い。大田氏は国立病院九州がんセンター名誉院長で、前日本尊厳死協会九州支部長として活動された。
輸入品とはいえ、医師が患者を支配するパターナリズム(父権的な温情主義)が色濃い時代に、「自分の命にかかわることや死の迎え方は自ら決める」という主張は革命的だったに違いない。その証しに設立後も会員は増えず、10年たっても千数百人にとどまった。現在、会員は約12万人を数えるが、協会にとっても国民にとっても茨の時代が続いたのである。

本人意思尊重の ツールとして

あれから40年、「患者本人の意思尊重」は当たり前の医療理念となった。国として初の終末期医療ガイドラインである厚生労働省「終末期医療の決定プロセスに関する指針」(2007年)は「患者本人による決定を基本に」と明示した。 この理念は医学団体、医療機関を通して全国的に広がった。そのなかで患者の意思尊重のツールとしてLWなど各種の「意思表明書」が評価され、位置付けられた。
たとえば、佐賀県医師会終末期医療ガイドライン(2012年)。基本精神で「患者の自己決定権尊重」を掲げ、「不治、末期を想定した場合の延命処置拒否の意思を正当と評価できる書面で表示したものを、医師は尊重する」としている。「過剰な延命治療・蘇生術拒否の申出」とする意思表明書も例示している。
さて、協会が40年の歴史を刻む一方、リビングウイル本家本元の米国では、患者の意思尊重をとことん実現する制度設計がさらに発展した。事前指示(アドバンスディレクティブ)である。
事前指示書は、意思決定能力を失った際に希望・拒否する治療を、意思決定能力があるうちに指示しておく文書である。一般的に内容指示型(生命維持の差し控え、中止を指示=LW)と代理人指示型(自分に代わって医療上に意思決定をする代理人を指名)があり、両方が相まって完成された形とされる。
こうした展開のなかでは、LWは意思尊重体系のなかの「一部品」であることに気付く。部品とは適切な表現でないとしても、患者の意思尊重の出発点だから「重要な部品」と考えていい。指示内容にしても、日本尊厳死協会LWのようにただ「延命措置中止」という包括タイプと、胃ろう、人工呼吸器、輸血など個々の治療の諾否を決めておく個別タイプがある。
わが国ではまだLWについて法的整備が全く進まないなかで医学団体、医療機関、更に『ノート』で多種多様な意思表明書が発行されている。〝百花〟とはいわないが、最近では自治体からの発行(愛知県半田市、長野県須高地域など)もみられる。
「LW時代」の到来は喜ぶべきだろう。ただ終末期医療の展開は「本人意思の発露」が出発点だけに、LWのスタイルやあり方は国民の課題でもある。

一般財団法人 日本尊厳死協会
理事 白井 正夫