【私の本棚】-モタさんの”言葉”2、天命つきるその日まで
1冊200円の「天声人語書き写しノート」で、朝日新聞の名物コラムを1日1回書き取っている。約600字を読み取りながら正確に書くと30分近い大仕事。いまさら脳トレでもなく、日常にメリハリをつけようと己に課した日課である。だから重荷にしてはいけない。これからの人生は気軽にと思うから、書き写しを〝写経〟と称して楽しんでいる。
人生軽やかに生きる〝大人の絵本〟
毎朝、NHKテレビ体操に付き合っている。早めにスイッチを入れると、週一回(木曜日)、「モタさんの“言葉”」という5分間のミニ番組に出会う。淡い絵をバックにゆるやかな言葉が流れる。聴いていると、人生を軽やかに生きようという気分になる。
2012年から放送の人気番組を完全書籍化した本を東京駅前の大手書店で探した。ようやく見つけたのが「心理エッセイ」コーナー。「モタさんの“言葉”2」(講談社、2013年11月刊、95頁、1200円税別)の居場所としてはちょっと固くありませんか。
表紙でおわかりのように大人の絵本。「文」はモタさんこと精神科医であった斉藤茂太さん、「絵」は絵本作家で画家の松本春野さん。モタさんは歌人で精神科医だった茂吉の長男。90歳で亡くなったが、自らの家族やこころをテーマにした著作を数多く残した。何ごともプラス思考の達人で、“言葉の処方箋”と言われた数々は、弱り果てたり、戸惑ったりした人々に「人生軽やかに」のヒントを与えてきた。
「2」とあるのは同じ書名の本(2012年刊)に次ぐ続編で、4話からなる。その一つ、第七話「過去は…」からモタさんの言葉を拾うと――
取り返しがつかないようなことが起こったときは、悩むより先にベッドに入って寝てしまう。くよくよするよりは、寝るのがいちばん。翌朝起きたての冴えた顔で、善後策を考えればいい、と。
話は、みごとなほど、絶対に後ろ振り返らなかった母に戻る。空襲で病院とわが家が灰燼に帰したとき、母は幾棹ものタンスいっぱいの着物を失った。ため息ものの、すばらしいものだった。「おかわいそう」と看護婦の涙が止まらなかったのに、当人はあっさりして「むしろ、さっぱりしたわ」。口先だけでなく、以後一度も「あの着物があれば…」と口にしたことはなかった。その遺伝子が流れているらしい、と。
この大らかさを見習えれば、過ぎ去ったことをいつまでも思い悩むことなく、次の一歩が踏み出せる。思えば、人生の大半の時間をすでに消費した身には、残された時間を悩みに費やすことはない。「笑顔はすべて黄金」「現状を変えるのは愛情」などモタさんの言葉は、こころの処方箋である。
老境への道案内もユーモアで
悩みなんて、というのは簡単だが、老いとどう向き合うかは大変だ。漫画家、やなせたかしさんが著したアスキー新書『天命つきるその日まで』(2012年刊、800円税別)を読むと、その辺のもやもやが解消されるかもしれない。
アンパンマン生みの親、やなせさんは昨年10月、94歳で亡くなったが、その前年に「老境の道案内書」として書き下ろしたのが本書である。「想定外の晩年」「準寝たきり老人の夢」「恋せよ爺さん」など39編のエッセイ集。
高齢の自身も体はボロボロ。それでも日常生活の苦労もすべて笑いに変えて、全編ユーモアたっぷり。本を開くと7枚の漫画に〝言葉〟が添えられている。
「老年ボケやすく/学ほとんど成らず/トンチンカンな人生/終幕の未来も/なんだかヤバイ/それでも笑って/ま、いいとするか」
(m)