【第二回】リビングウイルを想う 守山 淳

昨年の夏に家内の母が96歳で天寿を全うしました。その4日後に1歳上の姉が97歳で他界しました。

二人は戦前満州の奉天(今の瀋陽)で腕の良い美容師として活躍していましたが、敗戦で内地に引き上げてからも新橋で美容院を開いて繁盛していました。当時としては珍しい働く女性でお洒落で好奇心旺盛で元気な女性でした。

義母は亡くなる1ヶ月前まで独りで一軒家に住み元気で気丈に過ごしていました。
一方、叔母は母一人、子一人でその息子も独身で5年ほど前に他界した為に天蓋孤独になりました。環境の急激な変化、頼りの息子を亡くした叔母のショックは大きく、施設に入り将来への夢もない生活を強いられる事になり、1年ほど前に体調を崩し施設の近くの病院に入院をしましたが、殆ど意識も無いまま点滴でベットに横たわるだけの生活でした。

同じ病室には叔母と同じ様にただ寝ているだけの多くの患者さんがいましたが、長寿国ニッポンの現実を見た感じでした。80歳過ぎまで元気ではつらつとしていた姿を知っているだけに、老いを迎えると同じ様になるのか、自分がこうならない為にはどうしたら良いのだろうかと少し暗い気持ちにもなったことを憶えています。

昨年は私も年初めに狭心症の手術、夏には頚椎狭窄の手術を受け、術後の後遺症で2ヶ月間リハビリと結局5ヶ月強の病院生活を強いられました。お医者さんにストレスと過労が病気の原因であり、脳と心臓の病は前兆がない命に関わる怖い病気と言われました。

「人間の体内にはあらゆる病原菌が住んでいる。過労などで体力が落ちるとこの病原菌が動き出して病気という症状が起こる」のだそうですが、私の狭心症も高血圧、高コレステロールなどが要因の動脈硬化が原因でした。

入院中は1日1600カロリーの食事、塩分控えめ、もちろん、間食、アルコールは禁止です。

おかげさまで確実に減量出来ましたが、退院して感じた事はつい塩分を摂取しすぎてしまう事、特に昼などは麺類や丼物が多くなりバランスの良い食事が難しい事でした。

それでも毎朝血圧と体重を図り、少しでも増えていたら食事の量を抑える様になりました。夜の8時以降は一切食べない努力も続けていると体重は増えない事も分かりました。結果、血圧はじめ全ての数値が改善しました。

多くの病はこうした努力で避けられると言う事です。

世界の長者村に共通するのは「快眠、快便、快食」「良い空気、適度の運動」「ストレスがない事」「異性に対する適度の興味」と言われていますが、商社マンとして時差を乗り越えての海外出張、暴飲・暴食、過度のストレスの中で長く過ごしてきました。

若い頃には体力、気力で乗り越えられたのに加齢と共に体にガタが出たのが昨年の病院生活だと思っていますが、同時に改めて健康の有り難さと家族の愛情を感じることとなった年でもありました。

長患いは本人も大変ですが、周りの家族の負担はもっと大変です。しかし人間の悲しさか「病を得て初めて知る健康の有り難さ」で、病気は他人事と思っている人は多いと思います。その意味で自分自身の為に健康を維持する生活が健康王国ニッポンに繋がるのだと思います。

国の財政赤字が増えています。昨年の日本の国民医療費は39兆円。65歳以上の占める額が24兆円。39兆円の内28%が国の負担です。昭和24年が3千億円弱ですから高齢化に伴い今後も年々増え続けます。

アメリカは自己責任の国です。国民保険保障制度に強い反対を示しているアメリカでは、救急車で病院に搬入された時に最初に求められるのはクレジットカードの提示です。その点で日本の医療保障は極めて手厚いと言えますが、その結果、国の大きな財政負担となり、消費増税の背景になっていることも事実です。

増え続ける国の財政赤字を子どもたちや孫の代に大きな負担として残さない為に個々人が出来る事は何かと考えた時、介護を受けたり病気で寝たきりにならないよう普段から心がける事であり、無駄な延命治療を辞める事ではないでしょうか。

いま、人生の終わりをより良いものとするため、事前に準備を行う「終活」が話題になっています。

私も「人生の最後を如何に迎えるか、理想の死に様は?」と聞かれ、PPK(ピン、ピン、コロリ)と答えましたが、残念ながら神様はその保障はしてくれません。

「終活」において、遺言書、財産目録の作成は残された者への愛情だと思います。
 

昨年は入院している叔母や意識が無く管に繋がれている人を多く目にしましたが、どんな時でも家族は何とか奇跡を信じて回復を待つものです。

まして自分の意思を伝えるすべが無い痛々しい病人を見て延命装置を外す決断は辛い事ですし、医者も簡単に受けません。

今の日本では最悪は殺人罪に問われる危険性があるからです。

それを考えると自分が元気なうちに自分の最後を如何に終えたいかの意思を明確に残す事の重要性を感じます。

終末期を過ごしていくうえで『尊厳死』の問題は、避けては通れません。

自分の最後を見事な人生として終える為にも、「尊厳死協会」に登録することは意義があると思います。

周りの家族に辛い思いをさせない為にもやがて訪れる人生の終末期に「自分はどのような医療を受けたいか」、要望を明記しておくリビングウイルを持つ事は、せめても最後に出来る人間としての優しさでありプライドであると感じています。


守山 淳 プロフィール:

1969年、早稲田大学卒業
1994年、米国三井物産副社長
1999年 取締役鉄鋼製品本部長
2003年、常務執行役員中部支社長
2005年、三井物産退任
現在、経営コンサルタント業の「オフィスJM」代表
桜美林大学特任教授