【命と向き合って】-障がいと共に生きる
その女性の気持ちは、痛いほど伝わってきた。日本尊厳死協会にかかってきた1本の電話だった。40~50代だろうか。彼女は、明らかに言いよどんでいた。
「障害を持っている弟なんですが、リビングウイル(LW)に署名できますでしょうか」
3人の姉弟のうち2人は日本尊厳死協会の会員で、その弟は障がい者なのだという。私は答えた。
「障がい者でも署名をすることは可能ですよ」
だが、その女性は言いにくそうに打ち明ける。
「知的障がい者でも大丈夫でしょうか」
LWはあくまで自発的な意思による署名が前提となる。尊厳死とはいかなるもので、LWがどういう意味を持つのか。それを理解してもらって初めて効力を持つ。自己決定の原則だ。だが、付き添いや介護がなければ生活できない知的な障がい者を持つ親や家族にしてみれば、悩みは深刻だ。自分たちがこの世を去ったら、遺されたこの子はどうなる。
私は、電話口で尋ねてみた。
「LWを理解することは、できますか?」
「できません」
「だとすると、ちょっと…」
「でも、私たちが逝ってしまったら、弟はどうなるんでしょう。せめて私たちが元気なうちに代理で署名してあげたいのですが」
「お気持ちはわかりますが…」
きっと冷たいと感じたに違いない。
私自身、知的障がい児の父親だ。その息子より1日でも、いや1分でも長生きすることが、私の最大の使命だと思って生きている。自分の亡き後、わが息子が施設の片隅でうつむきながら背中を丸くして寂しそうに俯いている姿を想像することがある。胸がかきむしられるような気持ちになる。
だが、それでも子の命の選択を、わが手に握ることは、やはりできない。(事務局)